北朝鮮

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カミノテさん(お言葉頂戴しました)

投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/06/25 18:01 投稿番号: [19649 / 44985]
  今度こそ、心からの誠実なお言葉をいただいたと思っております。喜んで頂戴させてください。


  まず安田順平氏に対する先の投稿内容は、多くの部分で不公平であったことを謙虚に認めます。人間のサディズムに性的興奮が含まれることに対して覚悟が足らぬまま、あの内容を多くの人が見る場所で投稿したことを恥じております。この件に関しては弁明できません。安田氏に関してある見解は持っておりますが、それを今書くべきではないと思います。


  以上は釈明ですが、以下は愚痴もしくはいいわけとお取りくださってかまいません。あるいは、単なる思い出話かもしれません。
  そして、またも長くなるようですがお許しは乞いません。

  私は、「気分的なサヨク」という言葉を使いました。「気分的な左翼」ではありません。「左翼」と書くことができたら、むしろどんなにスッキリ納まることか。

  私が「例の人々」と書くとき、必ず頭のなかに浮かんでくる一つの顔があります。私が生まれる前からの家族中の知りあいで、多くの点で私に影響を与えたある婦人です。

  この人は旧満州からの引揚者でした。実の姉になる人が引き揚げる直前自殺したそうです。姉の夫という人は満州での関東軍の施政に協力した軍属で、終戦とともに責任を取ると言って自決しておりました。そして、この人本人が一家引き揚げに当たって離れた場所にいる未亡人になった姉を迎えに行き、一家そろって日本に帰るという手はずでしたが、現地についた時に姉の後追いを知らされたということでした。
  この人は言っていました。
「姉は、自分が生き残ることで夫への思いが変わってしまうのが怖かったんじゃない?   本当は生き延びたかったんだと思う。そして、自分のその気持ちが許せなかったんじゃないかな」
  帰国した知り合いは、やがて平和運動に熱心に取り組む活動家になるのですが……。

  おおらかで、口が悪く、優しい人です。私が高校を卒業するとき、たまたま母が病気で入院していました。すると彼女は、
「お母さんの代わりにはならないけど、あんたがくるなって言わないなら行くよ」
とか言いながら、カメラを抱えて式に来てくれました。

  彼女の人柄に対する信頼、彼女と過ごした時間への愛慕は一生変わらないと思います。その彼女の思想、活動に対して全面的に否定する方向に踏み出すとき、私が苦しんだということはお察しいただけるとも思います。ですが、いくら苦しかろうと彼女を否定しないわけにはいきませんでした。


  つづく。
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