ペルソナさん(八重七重氏の回答)2
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/03/11 15:29 投稿番号: [14846 / 44985]
>礼教体制での政治運営には科挙の施行が絶対不可欠です。これは、全人民から人材を登用するということが目的の試験であり、官僚の子であろうが賤民であろうが、また夷狄蛮人であろうとも受験することができます。
ところが朝鮮の場合は、科挙の受験有資格者を両班だけに限定しました。
(中略)
>仮に、この中からどんなに優秀な人材が出たとしても、全ての人に門戸が開かれていない限り、礼教体制下での国家運営としては、真の科挙と足りえないということになります。
つまり、根本のシステムに欠陥があるため、それをいくら上手に運用したとしても結果は誤ったものである、ということです。ですから、本家の中華を凌駕したのは誤りだといえるでしょう。
李朝下での科挙の受験資格に大きな欠陥があったこと、そしてそれが両班層に過剰な特権をもたらしたことは、これも貴殿のご指摘通りと思う。その上で、私見を加えさせて頂く。
そもそも科挙による人材登用それ自体に、社会を維持する上での弊害があるのではなかろうか? なるほど、身分の貴賎を問わず広く人材を登用するという考え方そのものは、一見至極立派なことのように思える。しかし、それでは、力量ある人材はことごとく試験に合格するための受験勉強に血道をあげる、ということにもなりかねない。しかし、科挙の受験項目は、これも貴殿が言われるように、四書五経といった儒教の教典、すなわち古典であるから(本国中国での科挙の受験項目について、実は詳しく知らないのだが、大差なかったのではなかろうか? まさか、道教や仏教の知識が項目に上がったとも思えない)、当然適不適は生ずるだろう。だが、一方で「身分の貴賎を問わず立身出世が出来る」のであれば、やはり、多少の不向きは我慢してでも受験勉強に励もうとする人材が多かっただろう。しかし、合格者数には限りがあるのだ。かくして、その他の道に進んでいれば功績を上げたかもしれない人々でさえもが、科挙の試験勉強のため人生を費やしてしまった、という悲喜劇も、生じていたと思う。その意味では、科挙の受験資格者は両班に限る、としたほうが、まだ健全であったかもしれない。ただし、その他の職業への蔑視があれば、それも意味をなさない。そうであるならば、両班層以外の人々は、結局自らが科挙の受験資格を持つ両班になることこそを最大の目標としてしまうから、元も子もない。そして、李朝社会は、まさしく、身分制度が厳しく、職人・商人層はまともな人間とは見なされなかった。これこそが、朝鮮社会の最大の悲劇のようにも思う。(翻って、我が日本ではどうであったか。これは、今後の課題である)
ところが朝鮮の場合は、科挙の受験有資格者を両班だけに限定しました。
(中略)
>仮に、この中からどんなに優秀な人材が出たとしても、全ての人に門戸が開かれていない限り、礼教体制下での国家運営としては、真の科挙と足りえないということになります。
つまり、根本のシステムに欠陥があるため、それをいくら上手に運用したとしても結果は誤ったものである、ということです。ですから、本家の中華を凌駕したのは誤りだといえるでしょう。
李朝下での科挙の受験資格に大きな欠陥があったこと、そしてそれが両班層に過剰な特権をもたらしたことは、これも貴殿のご指摘通りと思う。その上で、私見を加えさせて頂く。
そもそも科挙による人材登用それ自体に、社会を維持する上での弊害があるのではなかろうか? なるほど、身分の貴賎を問わず広く人材を登用するという考え方そのものは、一見至極立派なことのように思える。しかし、それでは、力量ある人材はことごとく試験に合格するための受験勉強に血道をあげる、ということにもなりかねない。しかし、科挙の受験項目は、これも貴殿が言われるように、四書五経といった儒教の教典、すなわち古典であるから(本国中国での科挙の受験項目について、実は詳しく知らないのだが、大差なかったのではなかろうか? まさか、道教や仏教の知識が項目に上がったとも思えない)、当然適不適は生ずるだろう。だが、一方で「身分の貴賎を問わず立身出世が出来る」のであれば、やはり、多少の不向きは我慢してでも受験勉強に励もうとする人材が多かっただろう。しかし、合格者数には限りがあるのだ。かくして、その他の道に進んでいれば功績を上げたかもしれない人々でさえもが、科挙の試験勉強のため人生を費やしてしまった、という悲喜劇も、生じていたと思う。その意味では、科挙の受験資格者は両班に限る、としたほうが、まだ健全であったかもしれない。ただし、その他の職業への蔑視があれば、それも意味をなさない。そうであるならば、両班層以外の人々は、結局自らが科挙の受験資格を持つ両班になることこそを最大の目標としてしまうから、元も子もない。そして、李朝社会は、まさしく、身分制度が厳しく、職人・商人層はまともな人間とは見なされなかった。これこそが、朝鮮社会の最大の悲劇のようにも思う。(翻って、我が日本ではどうであったか。これは、今後の課題である)
これは メッセージ 14845 (lilasnosakukoro さん)への返信です.
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