pas maljp女史へ(お喋り2)
投稿者: yaenanae01 投稿日時: 2004/01/22 21:58 投稿番号: [12191 / 44985]
こんばんは。
>「手加減してやる」という無礼を言う方も居ないでしょうから。
そのような愚か者が居る、とはね。まあ、貴女に対し負け惜しみを言う人はいますからなぁ。私自身は、貴女並にしかと勉強され、それに基づいて、貴女に匹敵する強固な意志で論理を構成して掛かってこそ、ようやく互角の闘い、と思いますがな。(自分のことは、しっかり棚の上に上げさせて頂く)
>「日清・日露は江戸の人がやった戦争。日中戦争、太平洋戦争は江戸を知らない人の戦争(大意)」と言うのがあったのです。
私は前出の投稿を読み返した折、「あぁ、そうだ閔妃の事件も江戸の感性が起こしたものなのだ」と初めて肌感覚でつかめたような気がしたのです。
なるほど、それは、私にとっても、新鮮な観点だ。(「日中戦争、太平洋戦争は江戸を知らない人の戦争」という件は、この私というより、知人である会津藩士の子孫の方が、一言も二言も言いたかろう。今度話をする時に、持ち出してみよう)そのような側面は、あったやもしれませんな。いや、あったと思う。
>三浦梧桜と言う人は公使の立場にありながらも「近代的公務員としての人格」というよりも「江戸末期の武士の気風に引きずられた人格」の持ち主であったのだと思います。
(中略)
>「殺してはいかんだろう」などと言っていられない状況であったのだと理解できます。
三浦梧桜は、長州藩士だったらしいですな。私自身、先にはああ書いたが、彼個人に関しては、けして嫌いではない。実は、三浦自身が、自著の中で、当の閔妃のことを、
「女性としては實に珍しい才のある豪(え)らい人であつた」
と述べているらしい。(孫引き)
いわば、「敵の器量を潔く評価する」という、武士らしい態度なのだろう。
また、なにも幕末の殺伐とした空気に思いを馳せずとも、当時の朝鮮半島が、一旦事に失敗すれば、政権にある者であろうとそれに反する者であろうと、凄惨な末路を覚悟して臨まねばならない状況であったことも、承知している。
>大院君を引き込んだとは言え、跡継ぎは結局高宗です。
>高宗が大院君の死後、閔妃を再び権力の座に戻したらどうなりますか?
>もの凄い巻き返しと復讐が始まる事は眼に見えています。
>革命家の側は閔氏一族から、厳しい迫害を受け、父母、兄弟、妻子を殺されながら、上手く行くかに見えた革命をその都度情勢の揺り返しによって葬られているのです。
>もうそんな事をいつまでも繰り返している訳には行かなかったでしょう。
実は、12134でわたしが、
>(その後、追放先で、閔妃がそれまでの行いに対して相応しい処遇を李朝の民自身から受けたとしても、それは日本人の知ったことではないから、私は拘らない)
と書いたことの真の狙いが、貴女にもピンと来られなかったようだ。私がこの部分で真に言いたいのは……ということなのだ。(さすがに、この場で直裁に書くのは憚られる。お察しください)ここまで手配することが、私の望む、「外交的センスの良さ」、だ。
再度言う。
外交に良心は要らないが、センスは要る。
三浦梧桜は当時既に、革命家気風の志士ではなく、一国の外交官だ。つまり、第三国はそう見做し、そう扱う、ということだ。(心の中では、どう思っていようとも)そして、第三国とか国際世論というものが、「自分のことは棚に上げる」代物であることは、改めて述べる必要はあるまい? つまり、「外交官」は、こういう「自分のことは棚に上げる」代物に対し、自らの戦略を組みたてる責任を、自国の政府や国民に負っている。私が一番言いたいのは、これだ。
以下、投稿を改める。
>「手加減してやる」という無礼を言う方も居ないでしょうから。
そのような愚か者が居る、とはね。まあ、貴女に対し負け惜しみを言う人はいますからなぁ。私自身は、貴女並にしかと勉強され、それに基づいて、貴女に匹敵する強固な意志で論理を構成して掛かってこそ、ようやく互角の闘い、と思いますがな。(自分のことは、しっかり棚の上に上げさせて頂く)
>「日清・日露は江戸の人がやった戦争。日中戦争、太平洋戦争は江戸を知らない人の戦争(大意)」と言うのがあったのです。
私は前出の投稿を読み返した折、「あぁ、そうだ閔妃の事件も江戸の感性が起こしたものなのだ」と初めて肌感覚でつかめたような気がしたのです。
なるほど、それは、私にとっても、新鮮な観点だ。(「日中戦争、太平洋戦争は江戸を知らない人の戦争」という件は、この私というより、知人である会津藩士の子孫の方が、一言も二言も言いたかろう。今度話をする時に、持ち出してみよう)そのような側面は、あったやもしれませんな。いや、あったと思う。
>三浦梧桜と言う人は公使の立場にありながらも「近代的公務員としての人格」というよりも「江戸末期の武士の気風に引きずられた人格」の持ち主であったのだと思います。
(中略)
>「殺してはいかんだろう」などと言っていられない状況であったのだと理解できます。
三浦梧桜は、長州藩士だったらしいですな。私自身、先にはああ書いたが、彼個人に関しては、けして嫌いではない。実は、三浦自身が、自著の中で、当の閔妃のことを、
「女性としては實に珍しい才のある豪(え)らい人であつた」
と述べているらしい。(孫引き)
いわば、「敵の器量を潔く評価する」という、武士らしい態度なのだろう。
また、なにも幕末の殺伐とした空気に思いを馳せずとも、当時の朝鮮半島が、一旦事に失敗すれば、政権にある者であろうとそれに反する者であろうと、凄惨な末路を覚悟して臨まねばならない状況であったことも、承知している。
>大院君を引き込んだとは言え、跡継ぎは結局高宗です。
>高宗が大院君の死後、閔妃を再び権力の座に戻したらどうなりますか?
>もの凄い巻き返しと復讐が始まる事は眼に見えています。
>革命家の側は閔氏一族から、厳しい迫害を受け、父母、兄弟、妻子を殺されながら、上手く行くかに見えた革命をその都度情勢の揺り返しによって葬られているのです。
>もうそんな事をいつまでも繰り返している訳には行かなかったでしょう。
実は、12134でわたしが、
>(その後、追放先で、閔妃がそれまでの行いに対して相応しい処遇を李朝の民自身から受けたとしても、それは日本人の知ったことではないから、私は拘らない)
と書いたことの真の狙いが、貴女にもピンと来られなかったようだ。私がこの部分で真に言いたいのは……ということなのだ。(さすがに、この場で直裁に書くのは憚られる。お察しください)ここまで手配することが、私の望む、「外交的センスの良さ」、だ。
再度言う。
外交に良心は要らないが、センスは要る。
三浦梧桜は当時既に、革命家気風の志士ではなく、一国の外交官だ。つまり、第三国はそう見做し、そう扱う、ということだ。(心の中では、どう思っていようとも)そして、第三国とか国際世論というものが、「自分のことは棚に上げる」代物であることは、改めて述べる必要はあるまい? つまり、「外交官」は、こういう「自分のことは棚に上げる」代物に対し、自らの戦略を組みたてる責任を、自国の政府や国民に負っている。私が一番言いたいのは、これだ。
以下、投稿を改める。
これは メッセージ 12170 (pas_maljp さん)への返信です.
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