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oixkozo氏へ(反戦運動)

投稿者: yaenanae01 投稿日時: 2004/01/12 02:00 投稿番号: [11398 / 44985]
  始めまして。
  私は、昨年末より本トピに投稿を始め、昨今色々な方を捕まえては、あれやこれや質問をさせて頂いている者です。貴殿がnagoyan 2shiki殿への返信で書いておられることを拝読し、是非お伺いしたいことが生じたので、質問させて頂くこととした。

>大体において、反戦運動というものは、戦争があるから、起こる。
>反戦運動が、下火になること自体は、いいことじゃないだろうか?
>私の若い頃は、今日よりは、世界はかなり緊張していた。
         (中略)
>私は、これは反戦運動の「行き詰まり」じゃなくて、進歩だと思う。
>反戦運動の目指したものは、イデオロギーじゃなく、
>「平和」「自由と民主主義」「平等」じゃないだろうか?

  貴殿が、「今日よりは、世界はかなり緊張していた」とおっしゃる主旨が、世界を真っ二つに割っての世界大戦が生じ得る危険性が2004年1月現在よりも当時の方が高かった、という意味でならば、その通りと思う。しかし、それで世界が、「平和」「自由と民主主義」「平等」の方角に数歩でも進んだかと言えば、私個人は、はなはだ怪しい気がする。世界各地で現在起こっている紛争の数々は、「反戦活動が下火になるのは当然」と言える程に穏健なものでは決してないだろう。
  そこで、お伺いしたいのだ。「反戦運動」に携わる(携わった)人々が、ある戦争には反戦運動を起こして盛り上げることが必要で、別のある戦争にはそれが必要ないと判断する基準は何だとお思いか?   もっと限定するならば、貴殿が、「とある」戦争に対する反戦運動には携わり、別の戦争に対しては運動されなくなった(のだろう)理由は何だろうか?

  この質問を貴殿に投げ掛けた、私の方の理由に言及しておこう。私がかつて親しくしていた人物で、長年、やはり反戦活動に携わってきた人がいる。私はこの人から影響を受けたし、一時期激しく反発もした。今は距離を置きながら、人柄は懐かしく思い、しかし思想内容やそれに基づく言動には賛成できないでいる。賛成できない、という気持ちは、今後もよほどのことがない限り、変わらないだろう。
  私は、実のところ、この人に、「あなたのおっしゃることには賛同出来ません」とはっきり口に出して言わねばならなくなる日が来ないよう願っている、と言ってもよい。
  もちろん貴殿はこの人とは全くの別人であろうし、この人に問うべきことを肩代わりして頂くわけにはいかない。ただ、「反戦運動」を行う人々は、その「反戦」という言葉にどのような意味合いを込めているのだろうと、貴殿の投稿を拝見しながら、改めて考え込んでしまったのだ。

  なお、この私自身は、どのような「議論と葛藤」があっても、「平和で平等、自由で民主的な世界」が100%「構築」されることなど、世界の終わるその日までなかろうと思っている人間だと言うことは、正直に白状しておきたいと思う。

  貴殿が、私の愚問に答えてくださる気になられたら、まことにありがたい。

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