反戦運動について
投稿者: oixkozo 投稿日時: 2004/01/11 08:06 投稿番号: [11377 / 44985]
靖国問題に関しては、両論併記としていただくとしても、
反戦運動については誤解があるようだから、一言。
>わしは反戦運動自体が自己撞着に陥ったとしか思えない。
大体において、反戦運動というものは、戦争があるから、起こる。
反戦運動が、下火になること自体は、いいことじゃないだろうか?
私の若い頃は、今日よりは、世界はかなり緊張していた。
アメリカは、ベトナムで民族皆殺しに近い戦争をしていた。
韓国も含めて、ASEANN・南米なんかは、ほとんどが独裁政府だった。
当時の反戦運動は、「反帝国主義・反米」と言う色彩が、
全世界で強かったのは、当然である。
ベトナムが勝利して、ASEANN・南米が民主化して、緊張が緩和すれば、
こうした反戦運動が下火になるのは当然じゃないか。
80年代以降になると、それまでの反戦運動の味方のように、
一般には思われていた「社会主義国」の独裁が問題になってきた。
そして、今日の北朝鮮問題がある。
昔の「反帝・反米」という思考回路から抜けなければ、行き詰まるのは当たり前だ。
私は、これは反戦運動の「行き詰まり」じゃなくて、進歩だと思う。
反戦運動の目指したものは、イデオロギーじゃなく、
「平和」「自由と民主主義」「平等」じゃないだろうか?
今日では、この「平等」というものが曲者で、
これをどう解釈するかで、いろいろと議論になってくる。
はっきりいって、私の印象では、相変わらず「反帝・反米」を叫ぶ反戦諸団体は、
一種の抵抗勢力にしか見えない。
だからと言って、そんな抵抗は無駄だからやめろとも言えないような気がする。
この世界には、いろんな考え方・要求があっていい。
様々な議論と葛藤があってこそ、平和で平等、自由で民主的な世界を構築できる。
これは メッセージ 11369 (nagoyan_2shiki さん)への返信です.
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