それはそれ、これはこれ5−2
投稿者: nagoyan_2shiki 投稿日時: 2004/01/11 00:43 投稿番号: [11368 / 44985]
>東京裁判は国際的な裁判であったのだから、勝手に日本政府の判断で、
>これを反故にするようなことは許されない。
>靖国を参拝するなという国際法がなくても、
>日本政府は東京裁判の精神を尊重する、国際的な道義的義務がある。
反故にはしていない。
しかも今回は「実質上」という逃げもうっていない。ウソをついている。
「認識ではない、事実を元にする」といったの小僧殿ではないか。
「国際法は国内法に優先する」といったのは小僧殿ではないか。
その国際法の事実はどこにある?
なぜ、「国際的な道義的責任」などとまた逃げるのだ。
それこそ歴史認識、解釈の問題に話がすりかわってるではないか。
慰安婦の「強制連行」の事実が指摘できなくて、
「広義の強制連行」などという造語で逃げているのと同じ。
いわゆる「平和運動」というのはこういう汚い手をつかう。
だから信用を失い、運動自体が盛りあがらなくなり、世論の右傾化をまねいてるのではないか。
>私達は、自由な社会で生きていくためには、
(中略)
>その結果が、東京裁判になったわけである。
この部分に異論はない。
>同じ過ちを繰り返さないためには、近隣の国民感情を尊重しなければならない。
>この国民感情を尊重することが、主権の放棄だと言うのは、
>ちょっと我が儘過ぎか、思い上がりではないだろうか?
>まあこの点では、なごやんさんは本音を語っておられる。
>「わしは満州事変以降の大陸における日本軍の行動は侵略行為と思っている」と。
近隣の国民感情を尊重するのはいいが、他国の宗教行為にまで踏み込むのはルール違反。
ルールを守っているのはどちらか?
なぜルールを曲げてまで、相手に阿り続けるのか?
ルールを守るのがワガママか?
自らの主張は主張として自分の主権の範囲内で行動することがなぜ思い上がりになるのか?
これは メッセージ 11367 (nagoyan_2shiki さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/kldabaaf_1/11368.html