人権擁護法案を叩きつぶせ!その2
投稿者: rykutukgi 投稿日時: 2002/07/14 07:33 投稿番号: [4612 / 28311]
記事には「みられる」という朝日記者の勝手な想像が2カ所もあります。この想像が事実かどうかを別にして、本来取材で明らかにすべきところを、朝日記者が勝手に想像で埋めてしまっているのです。特に後段の「報道による人権侵害を主要な規制対象とするなど」というのは朝日が声を大にして言っていることであり、国連がこの点にこだわったという証拠は見あたりません。しかし、「国連が問題視」との見出しでこの記事を読むと、朝日記者の想像の「みられる」が、あたかも国連の意見のごとく読みとれるから不思議です。虎の威を借る狐、国連の威を借る朝日新聞。無理な意見の正当化のためには権威を利用し、自分の意見を国連の意見のごとく見せかけるトリックは超一流です。
また、記事中問題点は指摘していますが、外務省側の意見は一切ありません。人権擁護法案をたたきつぶすためには両論併記など必要ないのです。読者に「人権擁護法案は国連が懸念する悪い法案だ」と思わせるためには一方的な意見のみを流す必要があります。
■読売(7月2日夕刊4版2面上段)
◆人権擁護法案に懸念 国連高等弁務官 首相に親書
「森山法相は、政府が今国会に提出している人権擁護法案に関し、国連のメアリー・ロビンソン人権高等弁務官から懸念を表明する親書が小泉首相宛に送付されたことを明らかにした。」
「日本弁護士連合会やNGOの意見、法案の非公式訳を検討した結果、国連が1993年に採択した『国内人権機関の地位に関する原則』に一致しない懸念があると指摘している。」
「法務省は、人権委員会が独立行政委員会として設置され、委員が法相から独立して職権を行使することから、パリ原則に反するものではないとしている。」
読売は毎度のことですが、両論併記、政府の見解も垂れ流すという間抜けなことをしています。善悪の単純な構図で、一方からの視点でしかものを考えることができない読者の頭の悪さを考慮しない、毎度のまとまりのない記事です。読者の欲しているのは客観的で中立な情報ではありません。マスコミたるものいかなる時でも政府に迎合するようなことがあってはいけません。わかりやすさとストーリー性に工夫がなく、事実さえ伝えれば仕事が終わると考える、浅はかな読売記者の手抜きが見て取れます。
■朝日(7月10日朝刊社説)
◆人権擁護法案――私たちも自戒する
「人権擁護法案の中身に懸念を示す親書を、国連のロビンソン人権高等弁務官が小泉純一郎首相に送った。」
「ところが政府案では、新たな人権機関を法務省の下に置くことになっている。これでは趣旨が違うと、ロビンソン氏がクレームをつけたのも当然だろう。」
せっかく国連から懸念の親書が来たのです。これを利用してさっそく社説で人権擁護法案批判です。国連の親書に触れた書き出しによって、人権擁護法案の正当性を疑わせることに成功しています。多くの読者は「国連」という一見中立そうで権威あるこの名前の前に、人権擁護法案は間違っていると決めつけることができたでしょう。
「もともと法案の出発点は、差別や虐待に苦しみながら、泣き寝入りを強いられる人たちの迅速な救済にあった。しかし法案にはメディア規制の性格が濃くなり、本来の目的から大きくはずれてしまった。」
このあたりも朝日のすばらしい誘導、洗脳のテクニックが隠されています。「法案にはメディア規制の性格が濃くなり」としています。法案を見る限り報道の規制はわずか一カ所です。しかも内容は、犯罪被害者への過剰取材被害について、被害者から申し立てを受けるとしているだけです。法案全体で見ると、「とてもメディア規制の性格が濃い」とは思えないのですが、法案を読んでいる人などほとんどいません。法案原文を読まずに知ったような顔をしている読者を洗脳することは非常に容易です。「性格が濃い」という曖昧な断言を使うことによって、読者の頭に「人権擁護法案=メディア規制」という等式を焼き付けることに成功しています。
また、記事中問題点は指摘していますが、外務省側の意見は一切ありません。人権擁護法案をたたきつぶすためには両論併記など必要ないのです。読者に「人権擁護法案は国連が懸念する悪い法案だ」と思わせるためには一方的な意見のみを流す必要があります。
■読売(7月2日夕刊4版2面上段)
◆人権擁護法案に懸念 国連高等弁務官 首相に親書
「森山法相は、政府が今国会に提出している人権擁護法案に関し、国連のメアリー・ロビンソン人権高等弁務官から懸念を表明する親書が小泉首相宛に送付されたことを明らかにした。」
「日本弁護士連合会やNGOの意見、法案の非公式訳を検討した結果、国連が1993年に採択した『国内人権機関の地位に関する原則』に一致しない懸念があると指摘している。」
「法務省は、人権委員会が独立行政委員会として設置され、委員が法相から独立して職権を行使することから、パリ原則に反するものではないとしている。」
読売は毎度のことですが、両論併記、政府の見解も垂れ流すという間抜けなことをしています。善悪の単純な構図で、一方からの視点でしかものを考えることができない読者の頭の悪さを考慮しない、毎度のまとまりのない記事です。読者の欲しているのは客観的で中立な情報ではありません。マスコミたるものいかなる時でも政府に迎合するようなことがあってはいけません。わかりやすさとストーリー性に工夫がなく、事実さえ伝えれば仕事が終わると考える、浅はかな読売記者の手抜きが見て取れます。
■朝日(7月10日朝刊社説)
◆人権擁護法案――私たちも自戒する
「人権擁護法案の中身に懸念を示す親書を、国連のロビンソン人権高等弁務官が小泉純一郎首相に送った。」
「ところが政府案では、新たな人権機関を法務省の下に置くことになっている。これでは趣旨が違うと、ロビンソン氏がクレームをつけたのも当然だろう。」
せっかく国連から懸念の親書が来たのです。これを利用してさっそく社説で人権擁護法案批判です。国連の親書に触れた書き出しによって、人権擁護法案の正当性を疑わせることに成功しています。多くの読者は「国連」という一見中立そうで権威あるこの名前の前に、人権擁護法案は間違っていると決めつけることができたでしょう。
「もともと法案の出発点は、差別や虐待に苦しみながら、泣き寝入りを強いられる人たちの迅速な救済にあった。しかし法案にはメディア規制の性格が濃くなり、本来の目的から大きくはずれてしまった。」
このあたりも朝日のすばらしい誘導、洗脳のテクニックが隠されています。「法案にはメディア規制の性格が濃くなり」としています。法案を見る限り報道の規制はわずか一カ所です。しかも内容は、犯罪被害者への過剰取材被害について、被害者から申し立てを受けるとしているだけです。法案全体で見ると、「とてもメディア規制の性格が濃い」とは思えないのですが、法案を読んでいる人などほとんどいません。法案原文を読まずに知ったような顔をしている読者を洗脳することは非常に容易です。「性格が濃い」という曖昧な断言を使うことによって、読者の頭に「人権擁護法案=メディア規制」という等式を焼き付けることに成功しています。
これは メッセージ 4611 (rykutukgi さん)への返信です.