野依博士、ノーベル化学賞受賞(1)
投稿者: rykutukgi 投稿日時: 2001/10/11 13:45 投稿番号: [2043 / 28311]
11日、野依博士のノーベル化学賞受賞を祝う両紙の比較です。同じようなことを言いたいのにもかかわらず、ものの見事に論調が異なっています。
・読売
[ノーベル賞]「化学の難題に挑んだ野依博士」
「今日に至る野依博士の活躍の陰には、名伯楽と呼べる恩師の存在があった。名大教授だった平田義正氏(故人)だ。三十年余り前の名大の化学教室には、有能な若手研究者が何人もいたが、平田氏は無名の京大助手だった“外様(とざま)”の野依博士を引き抜き、二十九歳で助教授、三十三歳で教授へと昇進させた。そして、名大の直弟子には「武者修行が必要だ」と、海外などでの研究を推奨し続けた。そのいずれもが、世界に名を知られる研究者に育っている。自校出身者で教授陣を固めがちな日本の大学にあって平田氏の流儀は異例だ。厳しいながらも自由な雰囲気の中で、野依博士も実力を磨いていった。」
「国の総合科学技術会議が今年三月に策定した科学技術基本計画は、今後五十年間で三十人程度のノーベル賞受賞者を出すことを、目標に掲げている。そのためには、若い研究者が活躍の場を移しながら、新しい刺激を受けて世界と競争を繰り広げる環境が欠かせない。欧米では当たり前のこうした人材の流動化が、日本ではまだ不十分だ。」
「旧習を払しょくして、自由闊達(かったつ)に研究活動のできる環境を整える必要がある。野依博士の受賞もはずみにし、「科学技術創造立国」を加速させたい。」
優秀な研究者になれるかどうかは師事する教授によって左右されてしまいます。実施主体は個人であっても、その回りで支える人が大勢いるわけです。平田氏の美談を取り上げ、その目に見える成果が野依博士のノーベル賞受賞だとするストーリーは、年功序列の日本社会では皆に異論なく受け入れられることでしょう。また、明示こそしていませんが科学技術基本計画を支持し、その決められた目標に向かって疑問無くあれこれせよという論調は、とりあえず大学合格を目標にして疑問なく勉強をし続ける優等生のようです。毎度、非の打ち所はありませんが、ありきたりの読売社説です。
・朝日
■ノーベル賞――「やんちゃ坊主」の快挙
政府は、今年決定した第2期科学技術基本計画で、50年間に30人程度のノーベル賞受賞者を出すことを目標に掲げた。その実現に向けて、幸先の良いスタートが切れたといえる。科学技術への投資拡大にもはずみがつくだろう。だが、日本の研究体制には、資金を投じるだけでは解決しない課題も多いことを忘れてはならない。例えば、総合科学技術会議議員になった白川さんは、若手の活躍の場が限られていることが問題だと繰り返し指摘している。教授を頂点とする年功序列型の秩序が研究室の内外にあり、若手が自分の発想で自由に研究できないのである。研究成果をざっくばらんに評価し合う風土がないことも、大きな問題点だ。専門家同士が厳しく意見を戦わせるのを避けていては、良い研究は生まれない。さらに、自分の成果を世界に広く知らせようとする積極性も、全般に乏しい。」
「野依さんは小学校から高校まで、いわゆる進学コースを歩んでいるが、「決してガリ勉タイプではなく、やんちゃ坊主の方だった」と同級生はいう。大学を出てからは、「研究の鬼」となって世界に先駆けて新しい分野を切り開いた。政府の審議会委員なども数多く務め、旧文部省の学術審議会では「秀才は先生の教えを忠実に実行するのは得意だが、未踏の地に踏み出す勇気に欠ける。好き勝手にやる奇人・変人こそ、大事にしなければならない」などと訴えた。創造的な研究を生み出すには、日本の社会のあり方から変えなければいけないと、野依さん自身が指摘してきたのである。」
「ノーベル賞ばかり特別視することはないが、独創的な研究の多さを表すひとつの指標として、今後の受賞者数の伸びを見守っていきたい。」
今回も朝日はキーワードの使い方が非常に上手です。朝日は同級生のコメントの「やんちゃ坊主の方だった」から「やんちゃ坊主」と言う言葉をうまく拾い、見出しにしています。このようなわかりやすいキーワードが社説の見出しにきていると多くの読者の目がそちらに行くことでしょう。読売のように「科学の難題」などといった、画数の多い漢字があると見出しから読む気が失せます。もちろん、キーワードには読む人によって受けるイメージが異なってくることが多く、正確な情報伝達が難しいという欠点はありますが、わかりやすく、読者に強いイメージを植え付けることができるという利点があります。内容の正確性よりも読者を喜ばすと言う観点ではその多用が好ましいものであり、ぜひ読売も朝日を見習って、読者を喜ばす紙面作りに努めてほしいと思います。
・読売
[ノーベル賞]「化学の難題に挑んだ野依博士」
「今日に至る野依博士の活躍の陰には、名伯楽と呼べる恩師の存在があった。名大教授だった平田義正氏(故人)だ。三十年余り前の名大の化学教室には、有能な若手研究者が何人もいたが、平田氏は無名の京大助手だった“外様(とざま)”の野依博士を引き抜き、二十九歳で助教授、三十三歳で教授へと昇進させた。そして、名大の直弟子には「武者修行が必要だ」と、海外などでの研究を推奨し続けた。そのいずれもが、世界に名を知られる研究者に育っている。自校出身者で教授陣を固めがちな日本の大学にあって平田氏の流儀は異例だ。厳しいながらも自由な雰囲気の中で、野依博士も実力を磨いていった。」
「国の総合科学技術会議が今年三月に策定した科学技術基本計画は、今後五十年間で三十人程度のノーベル賞受賞者を出すことを、目標に掲げている。そのためには、若い研究者が活躍の場を移しながら、新しい刺激を受けて世界と競争を繰り広げる環境が欠かせない。欧米では当たり前のこうした人材の流動化が、日本ではまだ不十分だ。」
「旧習を払しょくして、自由闊達(かったつ)に研究活動のできる環境を整える必要がある。野依博士の受賞もはずみにし、「科学技術創造立国」を加速させたい。」
優秀な研究者になれるかどうかは師事する教授によって左右されてしまいます。実施主体は個人であっても、その回りで支える人が大勢いるわけです。平田氏の美談を取り上げ、その目に見える成果が野依博士のノーベル賞受賞だとするストーリーは、年功序列の日本社会では皆に異論なく受け入れられることでしょう。また、明示こそしていませんが科学技術基本計画を支持し、その決められた目標に向かって疑問無くあれこれせよという論調は、とりあえず大学合格を目標にして疑問なく勉強をし続ける優等生のようです。毎度、非の打ち所はありませんが、ありきたりの読売社説です。
・朝日
■ノーベル賞――「やんちゃ坊主」の快挙
政府は、今年決定した第2期科学技術基本計画で、50年間に30人程度のノーベル賞受賞者を出すことを目標に掲げた。その実現に向けて、幸先の良いスタートが切れたといえる。科学技術への投資拡大にもはずみがつくだろう。だが、日本の研究体制には、資金を投じるだけでは解決しない課題も多いことを忘れてはならない。例えば、総合科学技術会議議員になった白川さんは、若手の活躍の場が限られていることが問題だと繰り返し指摘している。教授を頂点とする年功序列型の秩序が研究室の内外にあり、若手が自分の発想で自由に研究できないのである。研究成果をざっくばらんに評価し合う風土がないことも、大きな問題点だ。専門家同士が厳しく意見を戦わせるのを避けていては、良い研究は生まれない。さらに、自分の成果を世界に広く知らせようとする積極性も、全般に乏しい。」
「野依さんは小学校から高校まで、いわゆる進学コースを歩んでいるが、「決してガリ勉タイプではなく、やんちゃ坊主の方だった」と同級生はいう。大学を出てからは、「研究の鬼」となって世界に先駆けて新しい分野を切り開いた。政府の審議会委員なども数多く務め、旧文部省の学術審議会では「秀才は先生の教えを忠実に実行するのは得意だが、未踏の地に踏み出す勇気に欠ける。好き勝手にやる奇人・変人こそ、大事にしなければならない」などと訴えた。創造的な研究を生み出すには、日本の社会のあり方から変えなければいけないと、野依さん自身が指摘してきたのである。」
「ノーベル賞ばかり特別視することはないが、独創的な研究の多さを表すひとつの指標として、今後の受賞者数の伸びを見守っていきたい。」
今回も朝日はキーワードの使い方が非常に上手です。朝日は同級生のコメントの「やんちゃ坊主の方だった」から「やんちゃ坊主」と言う言葉をうまく拾い、見出しにしています。このようなわかりやすいキーワードが社説の見出しにきていると多くの読者の目がそちらに行くことでしょう。読売のように「科学の難題」などといった、画数の多い漢字があると見出しから読む気が失せます。もちろん、キーワードには読む人によって受けるイメージが異なってくることが多く、正確な情報伝達が難しいという欠点はありますが、わかりやすく、読者に強いイメージを植え付けることができるという利点があります。内容の正確性よりも読者を喜ばすと言う観点ではその多用が好ましいものであり、ぜひ読売も朝日を見習って、読者を喜ばす紙面作りに努めてほしいと思います。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.