文芸春秋の命取り、『諸君』
投稿者: chisanayamagoya 投稿日時: 2001/09/27 11:10 投稿番号: [1971 / 28311]
日本学専攻の英国の友人が久しぶりに日本を訪れた。八重洲ブックセンターに連れ立って出かけた折、彼が雑誌コーナーで『諸君』を手にした。表題をじって見てからパラパラとめくりながら、肩をすくめた。
「大東亜戦争は聖戦だ」「パールハーバーはアメリカの謀略で起きた」「首相は靖国を公式参拝せよ」・・・そんな論調の文があふれていたが、「これが本当に文芸春秋社の雑誌ですか?
これではネオナチズムと同じではないですか。あの文芸春秋社がはいつから右翼出版社みたいな雑誌を出すようになったのですか」と、信じがたいという表情で私に向かって尋ねた。
「文芸春秋本体も大体、そんな調子です。極端なものは『諸君』、ちょっとトーンを下げたのが本体、と役割を分けています」
そう答えながら、私は、『諸君』は文芸春秋の命取りになるのではないかと考えていた。
『諸君』がネオナチズムという評価は欧米の知日派の間で急速に広まりつつある。ネオナチズムと批判された雑誌は欧米では生きていけない。言論の自由以前の問題、市民社会の基本倫理として根付いているからである。したがって、『諸君』とその執筆人はまともな言論とは見なされなくなるのは必至である。
その影響は文芸春秋本体にも及ぶであろう。『諸君』編集部は当然内容に責任を負い、その編集部を選任した文芸春秋本社の責任も問われるからである。
それはある意味で自業自得である。文芸春秋本体が実売数四十万部前後、『諸君』が二十万部程度で、あわせても文芸春秋全盛時の八十万部に及ばない。加えて昨今の急速な部数減は、文春の右傾化路線が、一部の狂信的読者を除いて、良識ある読者層離れを引き起こしていることを物語る。
私が心配するのは芥川賞、直木賞の運命である。右翼文学というレッテルを貼られたら文学としては死の宣告と同じである。それだけは避けるべきである。だが、現在の文芸春秋社にそれを知る知性はない。
果てさて、どうしたら良いものか。私の悩みは尽きそうもない。
これは メッセージ 1908 (chisanayamagoya さん)への返信です.
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