>そうかな?
投稿者: Makakuu 投稿日時: 2001/06/11 17:11 投稿番号: [1091 / 28311]
たしかに責任能力の有無について、時間経過を見たいところですが、私はこの事件をレアケースとして、精神障害者に対しての「行政としての考え方」を、このまま放置することには異論があります。
ただ、Peacetime_Killerさんも「人それぞれ」と言われているので、反論ではありませんから。
朝日の社説は「開かれた学校」をこれまで通り維持すべきだ、ということだと思います。ただ、「開かれた学校」である背景としての「安全な市民」という前提はどうなんだろう?と思ったのです。
やはり、ここ数年の日本の安全は日に日に無くなってきているように思う。私達が子供の頃は、平気で外で「子供だけ」で遊んでいた「安全な環境」が、今、あるのかとも思うのです。時代とともに、世相も人も変化するものだと思う。以前の「保安処分」が、患者にとって不等な扱いを強いられる恐れがあるという話は私も聞いたことがありますが、じゃあ、それをこの事件を契機にして「人権を配慮した改良」を施せばいいとも思います。
精神障害者に対して、マスコミは「タブー」の領域にし過ぎていなかったか?という面もあると思う。海外では「危険な人物」は、その地域の住民が全て把握していてチェック体制を敷いているという話も聞きました。そういう時代に日本がならないとも限らない。
いつもマスコミで見受けるのは「保安処分」という側と「人権」という側の葛藤の場面です。abcさんの意見にもあったように、その二つが両立することの議論もマスコミではやってほしい。いつもの2元論の論争で終始し、結局「国や社会が」みたいな抽象的概念に責任転化するナンセンスも我々は何度も聞いているし、見ている。
とかく日本は「被害者の人権の地位」が恐ろしく低い国と言われます。個人的に私もそう思う。「残虐な人間から身を守る権利もある」という意見も、同時に尊重されなければならないと思います。
これは メッセージ 1077 (Peacetime_Killer さん)への返信です.
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