NHKの大罪 アジアの一等国【台湾】

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 英国東洋艦隊(Z部隊)出撃

投稿者: sennin_0630 投稿日時: 2011/12/12 12:39 投稿番号: [15 / 28]
〇一二二 敵主力反転 針路一八〇度
この電文は全軍に向けて打電されたはずだったが、第三水雷戦隊が受信を確認したこと以外は第二艦隊司令部も含めて受信が確認されなかった。「伊58」は以後も接触を続け、午前1時45分、「レパルス」に向けて魚雷5本を発射したが、Z部隊の変針が重なり命中しなかった。「伊58」は浮上航走しつつZ部隊を追跡、以下の3通の電文を打電した。

1.我地点「フモロ」45[注 4]ニテ「レパルス」ニ対シ魚雷ヲ発射セシモ命中セズ 敵針路一八〇度 敵速二二節 〇三四一
2.敵ハ黒煙ヲ吐キツツ二四〇度方向二逃走ス 我之ニ触接中 〇四二五
3.我触接ヲ失ス 〇六一五
6時15分に打電された電文を最後に、Z部隊の動向は全くつかめなくなった。電文から推測するに、Z部隊は真南(180度)の方向に航行していると見られ、燃料不足の懸念から近藤信竹中将は午前8時15分「水上部隊の追撃を断念す」と打電[62]、小沢中将も潜水部隊による追跡を諦め、9日に続いて松永少将指揮下の陸攻部隊にZ部隊への攻撃を託すことになった。

戦闘経過: 日本軍の索敵 [編集]海軍第二十二航空戦隊(司令官:松永貞市海軍少将、司令部はサイゴン(現在のホーチミン)、第十一航空艦隊所属)
元山海軍航空隊(前田孝成大佐)
美幌海軍航空隊(近藤勝治大佐)
鹿屋海軍航空隊本隊(藤吉直四郎大佐、第二十一航空戦隊より応援で第二十二航空戦隊指揮下に入る)
山田部隊(山田豊中佐、第二十三航空戦隊より増派)
12月11日6時25分、まず松永は元山空第四中隊の九六式陸上攻撃機9機(中隊長、牧野大尉)を索敵任務に投入した。予想では4時間後に艦隊を発見できるはずであった。索敵機の発進後、攻撃隊も各基地から出撃する。索敵機からの報告を手がかりに、各航空隊が現場に急行する手はずが取り決められた。まず7時55分にサイゴンから元山航空隊(九六式陸攻26機。魚雷装備17機、爆弾装備9機)が出撃、続いて8時14分にはツドゥムから鹿屋航空隊(一式陸攻26機。全機雷装)が出撃、直後の8時20分にツドゥムから美幌航空隊(九六式陸攻33機。雷装8機、爆装25機)が出撃した。最後の機が離陸したのは9時30分のことであった。元山航空隊の雷装九六式陸攻1機はエンジン故障のため引き返した。連合艦隊旗艦戦艦「長門」では、山本五十六連合艦隊司令長官が「リナウン(レパルス)は撃沈できるが、キング・ジョージⅤ世(プリンス・オブ・ウェールズ)は大破だろう」と発言、三和義勇作戦参謀が2隻とも沈めると反論すると、山本は自論の正しさにビール10ダースを賭けた。

一方でZ部隊は朝になってから日本軍のコタバル上陸を知らされ、針路をコタバルに向けた。日の出は午前7時57分(現地時間0627)、まもなくZ部隊はレーダーで4つの反応を探知して接近したが、貨物船であった。午前8時15分、Z部隊はスーパーマリン・ウォーラス偵察機を発艦させてクアンタン方面を偵察したが、同方面は平穏で日本軍は存在しなかった。駆逐艦「エクスプレス」も海岸を偵察したが日本軍は存在せず、誤報にふりまわされたZ部隊は午前10時30分ごろシンガポールへの帰路についた。Z部隊は機雷原を避けるため、一旦北東へ向かい、それから南東に針路をとってアナンバス諸島の東方をまわってシンガポールへ向かう。後述の帆足機が「針路60度-30度-160度」と逐次報告したのは、この艦隊運動とされる。

日本軍も本命の東洋艦隊はなかなか発見できなかった。九六陸攻に比べ速力の出る一式陸攻部隊はシンガポール付近まで進出したという。11時13分、サイゴンに引き返す途中の4番索敵機が帰還中の「テネドス」(Z部隊より東南東130マイル)を発見して60kg爆弾2発を投下したが命中せず、英駆逐艦の位置を発信した[73]。午後12時14分、500kg爆弾を装備する元山航空隊第三中隊(二階堂大尉)の九六陸攻9機が戦艦「レパルス」と見誤って攻撃したものの命中弾は得られなかった。「テネドス」は負傷者1名を出したものの無傷でシンガポールに退避した。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)