中国台湾省

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Re: 反日デモ、実は官製=―香港紙

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/24 11:20 投稿番号: [161 / 1092]
natunokaze001様:薩摩藩の領地になった琉球は1945年の敗戦で米国の

USMGの配下で沖縄とおなじく占領政策の管理で行政が1972年まで

つずきました。1972年に沖縄が日本に返還されるに際して、尖閣も

沖縄も日本に復帰したのです。中国は欲しい領土ならどこへも領土返還を

言い出してきます。資源の無い領土は欲しくないらしいが、戦略的な価値

のある地区なら一歩も引きません。インドの東北部の中国との国境近辺では

広い領土を取られてしまいました。平和国家で有名なインドも武力の前では

お手上げでありました。

Re: 反日デモ、実は官製=―香港紙

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/10/24 01:58 投稿番号: [160 / 1092]
今夜のNHKのニュース論説に出ている場面から、反日デモのスローガンに、日本の手から、琉球を取り返せ!!と、書いているのが出てきました。

こうなれば、尖閣諸島だけの問題では、収まらない気勢ですね?

Re: 反日デモ、実は官製=―香港紙

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/23 04:05 投稿番号: [159 / 1092]
natunokaze001様:
中国の将官たちは太平洋を真二つに分けて管理しようとか、米国軍人が来ると得意の失礼な「中華圏の核心的利益」を強調しました。その後クリントン
国務長官が南支那海の安定確保に米国の本意を宣言しました。
最近は南アジア諸国の人気が良くない実態をみて方向転換、そんな声明は
出したことが無いとトーンをおとしてきました。いつぞや、日本も大東亜
共栄圏確立をうたって日本のおかれた経済封鎖を破ろうとしました。副産
物だったが、アジアの国々が多く独立を果す原因になりました。核心的利益
圏で作る中国の本意は植民地でありましょう。此処が根本的に違うのでしょう。

Re: 反日デモ、実は官製=―香港紙

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/10/22 00:07 投稿番号: [158 / 1092]
日本はかなり、困った状況に置かれたといわざるを得ませんね。

中共は長期戦に導入したといえましょう。

Re: 反日デモ、実は官製=―香港紙

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/21 07:36 投稿番号: [157 / 1092]
nippondaaisuki様:
中国では官庁の許可なくしてデモはできないばかりか、外国人も軍事地域では地方官庁へ届けてから近
ずくことが出来るときいています。ただ市街を歩いているだけで、逮捕は
故意でやったのでしょう。そういえば、中国密漁船の尖閣排他的経済水域
侵入も中国政府の戦略下でやったといわれています。その証拠に、石垣港
に連行されてきた船の甲板に数人のカメラを持った船員が並び、港の突堤
のあたふた状況を撮っていましたと。普通漁船がカムコードを持参しているのも不思議だが数人もつぶさに相手の様子を撮ったのは帰国したとき、
政府関係者に見せてその効果を誇示する意味もあるのでしょう。その後3隻の監視船が覇権されて今も1隻パトロール中です。常駐するつもりでしょうか。日本側には常駐する自衛隊、航空機、監視艇の計画をききません。
横からはいりましたので、了承ください。

Re: 反日デモ、実は官製=―香港紙

投稿者: nipponndaisuki003 投稿日時: 2010/10/19 23:05 投稿番号: [156 / 1092]
中国大陸では、官吏の許可なくして、デモすることはできないはずです。

Re: 反日デモ、実は官製=―香港紙

投稿者: akiorei 投稿日時: 2010/10/18 19:05 投稿番号: [155 / 1092]
他国の国旗を焼いたり、踏みにじったり、レストランを襲撃したり、世界にこんなことが許される国はありません。一世紀遅れた野蛮人(国)?。RED   CHINA   の国策でしょう、中国に進出した日本企業はその内に国策化され盗られるでしょう。末永くお付合いできる国を選びましょう。まだ、遅くない。
私はそんな国には絶対に行きません。
(台湾はわが国の家族です、尊敬し、末永く愛し合いたいですね)

反日デモ、実は官製=―香港紙

投稿者: maotaoton_001 投稿日時: 2010/10/18 09:25 投稿番号: [154 / 1092]
反日デモ、実は官製=政府系学生会が組織―香港紙
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101017-00000041-jij-int

Re: 来年の ノーベル平和賞

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/16 04:01 投稿番号: [153 / 1092]
unhooさん:
今から講演にでかけます。牢屋に入る時間がありません。平和賞の20%が

牢屋に入った経験者だそうです。支那の牢屋ならNo,No, Thanks/

来年の ノーベル平和賞

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/10/15 15:42 投稿番号: [152 / 1092]
来年のノーベル平和賞の候補者として、sunshinegold04さんを推薦します。業績、活動力、熱意において、十分にそれに値します。残念なことには牢屋入りの経歴がありません。支那へ行って大演説をして、牢屋に入ってください。

Re: ノーベル平和賞出る。

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/15 02:50 投稿番号: [151 / 1092]
natunokaze001様:
ネルソン・マンデラ大統領の功績は永久に残り歴史でしょう。ツツ神学
博士の平和賞受賞がマンデラ氏への受賞に影響したのですね。
大変だったのはあの長い期間の牢獄生活のあいだ、奥様が留守を
護ったのですね。彼女の功績も運動をしつつ、家を護り、主人への
交信、援助と偉大な隠れた功績です。平和賞は今後夫婦に向けて
授与するのがいいと思うのですが。

Re: ノーベル平和賞出る。

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/10/14 21:26 投稿番号: [150 / 1092]
ネルソン、マンデラ氏は、本当に、希世の偉人ですね。
最近、その伝記映画を鑑賞しました。大変感動しました。平和賞にふさわしい方でした。

Re: ノーベル平和賞出る。

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/14 13:33 投稿番号: [149 / 1092]
natunokaze001様:
ネルソン、マンデラは出獄後に平和賞を受賞しています。1990年釈放で

1993年受賞でしたね。アフリカのアバルトヘイトの解決に尽力した

功績ですね。しかしこの運動でアフリカにも嵐が吹いて、南アフリカで

神学者でこの運動に指導的立場でいた、デスモンド・ムビロ・ツツ博士が

1984年に平和賞を受賞して、黒白隔離政策開放の大きな風がふきました。

彼は中国にチベット植民地政治で抗議しています。マンデラ氏は早稲田大学

より名誉博士号を受賞しています。

Re: ノーベル平和賞出る。

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/10/12 22:38 投稿番号: [148 / 1092]
今回の平和賞では、長く尾を引いて、大きく影響して行くと読みます。

共産党政権にしては、大きな爆弾を落とされたという感じがします。

これにちょっと似ていた例があります。南アフリカのマンドラ?氏がありますね?あれはもらってから、出獄なされたのかな?

共産党は、無視するつもりでしょうが、無視できないのが、世界各国から、吹きまくって来る、嵐でしょう。

Re: ノーベル平和賞出る。

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/12 05:24 投稿番号: [147 / 1092]
natunokaze001様:
私も賛成ですね。大陸から逃げ出したり、外地で運動しても追随者が

あるとはかぎりません。海外での運動は「ぱっと火の玉の様に燃えて、すぐ

消えてしまう」のが特色です。劉氏が大陸に留まる限りその熱情は深く、長く

流れて行くでしょう。ただ海外にいるものの役目はその基金提供、世界の

国際社会への窓口となり、世界政府への要請、嘆願、宣伝には都合よい

援助となるでしょう。平和賞以外で在住する中国人へ出ないのも不思議ですね。

Re: ノーベル平和賞出る。

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/10/10 23:09 投稿番号: [146 / 1092]
劉氏本人は、アメリカ行きを望んでいないでしょう。三度出国したのだから〜〜〜
やっぱり、中国大陸に残って、健闘するでしょう。

それには「土壌」というものが必要です。

国共争闘で、国民党が山崩れして、台湾へ逃げ込んだわけですが、共産党に
従事しない人が、多く有りました。

陳立夫は台湾ならず、アメリカへ行き、そこで養鶏場を営んでいたが、後、やはり台湾へ来ました。当時は帰ってきたといっていました。

画家の張大千はブラジルへ渡り、大きな土地を買い入れて、「八角園」と名づけて、それはのんきな生活でした。が、やっぱり台湾へ来てしまったのでした。最後も台湾で、終えたのですね。

これらを見て、「土壌」というものが必要だと、思います。だから、劉氏は大陸に残るべきです。

残っているこそ、大陸が自由になって行くのです。

ノーベル平和委員会は、二度と、大陸人氏に平和賞を与えないでしょう?
そうすると、中共との関係が非常に悪列になるからです。

Re: ノーベル平和賞出る。

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/10 02:41 投稿番号: [145 / 1092]
natunokaze001様:
三度も国外にでたのを再度中国へ帰国したのは賢明でした。そうでないと厳しい中国の締め付けから逃避したといわれますね。中国在住の中国人が
始めてとったのがノーベル平和賞とは皮肉ですね。中国系は数人理工系で
受賞していますが、全員英米教育をうけた英米国籍者です。聞くところによると、中国系は優秀な生徒はノーベル賞を取った教授を目指して師事する
連中もいるそうだ。後二人ほど平和賞を中国人民主化運動家にだすと、
中国も相当困惑するでしょうね。
日本の若者も最近国内篭りばかりで海外進出が少ないそうです。面倒なことはしたくない傾向が強いとか。台湾学生も一時は米国、カナダに留学が
絶えず進んでいました。しかし最近減少気味だそうです。そろそろ台湾
人からも受賞者が出てよい時期ですがね。1980年代にノーベル化学賞
をとった中央研究所所長がいますね。名前が不確かです。今回の根岸、鈴木
博士の研究と教授に恩師となったH.C. Brown博士(79年受賞者)がペヂュー
大学で大変な影響を与えたそうですね。学校よりも恩師を選ぶのが大切
らしいね。それにしても劉氏の奥様は行動が自由であるべきですね。彼が
米国に来れば大学で特別教授になるでしょうね。引く手数多(あまた)ですよ。

Re: ノーベル平和賞出る。

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/10/10 00:39 投稿番号: [144 / 1092]
劉氏は三度、出国したことがあるようで、到底、帰国を選択したことになります。もちろん、これは苦難の道ですが、賢明な選択だと、脱帽せずにいられません。別に劉氏の、望むところでないが、結局、ノーベル平和賞をかっとくなさったのですね。

今次の授賞は、中国に大きな難題を施したも同様ですよ。そのまま縛りつけば、中国はビルマとなりし、放し出せばタライダマが、又一人出てきたって感じ〜〜

かなり頭を痛むことですね。

Re: ノーベル平和賞出る。

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/09 16:12 投稿番号: [143 / 1092]
natunokaze001様:
スエーデンのノーベル賞基金委員会に中国は抗議をしたそうですね。

世界で珍しい行為であります。恭順に謹んでその意味を吟味するのが

常道ですね。国内干渉だといいますが、国内の事件があまりにも国外に

その影響を及ぼすときは国内もんだいに終わらずに世界が干渉するでしょう。
人権無視が植民地で堂々と行われているからです。ノーベル賞委員会は

各々の時期の良心であると思います。海外に劉氏が住んでいれば作家活動、

民主化運動、講演、教授などより大きな運動に広がるのでしょうが。やさしそう
な顔ですが鉄の意思を持つ方でしょうね。

Re: ノーベル平和賞出る。

投稿者: akiorei 投稿日時: 2010/10/09 11:46 投稿番号: [142 / 1092]
中国はまだする事が青いね、しかし問題は国が赤いことだ。

ノーベル平和賞出る。

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/10/08 23:41 投稿番号: [141 / 1092]
中国の反対運動者、劉氏が、今年の平和賞に、選出されました。

尖閣諸島の、日本が受けた屈辱をデンマークの、ノーベル賞、選出委員会が日本に変わって、中国にでっかいパンチを、食わさしたも同様ですね。

今の中国、国内は火の粉を払うだけで、テンヤ、ワンヤに間違い無しですね。

Re: 尖閣諸島の屈辱?

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/08 02:42 投稿番号: [140 / 1092]
natunokaze001様:
カーターが決めた準志願制度は結局予算と戦争シンドロの罹災者がおおくなり、国民のあいだで非難がおきてきたからです。同じ大きな予算をつかうなら、戦争契約企業と契約して志願制度に変えてみたが、最初は応募人数が
すくなくて宣伝費や街中の事務所経営に予算が食われたいきさつがあります。今ではアフガニスタンでは4の企業請負戦闘員と6の志願兵の割合でしょうか。現在は5万人のイラン駐屯で終結に向かい、英国もソ連もてこずって撤退したアフガンで又多くの人命が消えるのでしょうね。馬氏が選挙前
で打ち出す政策はおそらくその20−30%も成立したら結構な話でしょう。彼の場合は成立しないならば非難されるだろうし、多くの法案を
送球に通すと統一化を急ぐと非難がでてどっちに転んでも票につながりにくいのではないでしょうか。一期だけの総統で交代して貰いたい人ですね。
新北市長選挙では、蔡英文党首は国民党候補とneck to neckで競り合って
います。

Re: 尖閣諸島の屈辱?

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/10/07 23:54 投稿番号: [139 / 1092]
カーター大統領が、兵役制度を変えたわけですが、当時としては、アメリカに、そのような必要があったのでしょう。
その後遺症ができたのは、長く外国に派遣されて、毎日が戦の中だからでしょう。
台湾は違います。いざ、戦争とすれば、自分の国を守るためです。とおい外国なんかに派遣することもないでしょう。

それを、募兵制度に切り替えて、募集数が足りない場合、どうするの?

それに月ごとのサラリーが大変でしょう。徴兵制は、僅かの金銭を支給するだけです。応召は国民の義務とされているからです。高いサラリーを支給することなんかありません。

今度の国防部の報告も、全員のサラリガ頭を痛む理由でした。

現に台湾の徴兵も兵役に達した人は、義務的で入営しなければいけないというようになっています。

馬が自分のはいた宣言を、どのようにして、切り回すかが、面白いです。

Re: 尖閣諸島の屈辱?

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/07 17:03 投稿番号: [138 / 1092]
natunokaze001様:
確かに志願制は質がおちます。こうなると、宗教的に戦争に反対する

連中は裁判所でたたかうか、海外に逃げ出します。しかしベトナム戦後、

カナダより帰りたい逃走者は帰国後科せられる罪が重いです。禁固刑や

社会で奉仕に何年も従事します。イラク戦争ではとうとう不足と準備

出来ていない部隊のかわりに戦争契約企業と契約で戦場におくりだしました。
戦争ビジネスがはやったのですね。彼らの質は相当優秀であったが、経費

が高くついて予算を悩ましました。景気がわるくなったので、大学卒も

就職できずに一部志願、一部契約者の間に志願して多少質が良くなりました。
オンとに台湾を愛するならば、徴兵制度がベストでしょうね。人の命を

票集めに使うのは最低の政治ですね。カーター大統領が志願制度に変更

したのは退役後の軍人の多くが戦争後遺症にかかって社会復帰が難しく、

優秀な人材をなくす損失を恐れたといわれます。

Re: 尖閣諸島の屈辱?

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/10/07 01:24 投稿番号: [137 / 1092]
馬の志願兵制度には、大反対です。兵隊のそしつが低下するのが、まず第一です。台湾は、昔から〔日本上陸前〕「鋼鉄不打釘、好男不当兵」ということわざがあります。意味は。硬い鉄は釘の原料に使わない。よい男は兵隊に行かない。
この考えをくっつがえたのが、台湾が日本領土になってからでした。

清の当時は募兵制度でした。だから兵員のそしつの低いこと。

だから、台湾で募兵に切り替えたら、兵隊のそしつは、たちまち低下します。
第二は、要求量に達到しないこと。これは現にアメリカとか、日本の自衛隊
も、年年募集不足ですよ。

それが理由で、アメリカ兵のそしつも低下してきた証です。

それをどうして、馬が募兵を進めるのですか?選票です。子供を戦地へ行かせたくない親に対する、進行です。間違いなく、選票をかき集めるには,目的が達到しました。

門題が、今に来たわけです。乗る馬より下りれないですね?どんな策を出すか、みんなが大きな目で見ています。

Re: 尖閣諸島の屈辱?

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/06 08:59 投稿番号: [136 / 1092]
なつのかぜ001様:
1972年から応募(志願制度)制度に変わった米国軍人は準登録制度で多くの若者が命をおとしています。徴兵検査があったときは、厳しいもので、検査に
出て行かないと、はがきで明後日まで出頭しろといわれました。私も呼び
つけられた一人です。航空士官学校、陸士、海兵学校には外国からの留学
生がかなりいます。国際的でありました。韓国、台湾からの学生もいて
優秀な学生だと聞きました。日本は昔1−2人いたそうですが、最近は
滅多に会わないそうです。高い土地にあるコロラド州に航空士官学校が
あるのが地理的にあいますね。確か台湾では鳳山市に陸軍士官学校が
ありますね。我々の時代には日本陸軍第七部隊兵舎と呼び、4ケ月半、
私も基礎訓練を受けた思い出の兵舎です。台湾の海軍士官学校は今は
左営にあるのでしょうか?戦前台湾には日本航空部隊の飛行基地や関連
基地は30ケ所もあったのですが、今は航空士官学校はありますかね?
志願制度の方がずっと経費がかかるそうです。大きな町には宣伝、説明
事務所を2−3も置いて営業(?)しています。全国では相当な数に
なるわけですね。馬氏が予算が取りにくいのはわかります。応募数で
予算も違ってきますので。アセアンの会議ではアジアの国々が中国の
非行を理解したそうです。真の勝者は案外日本になるかもしれません。

Re: 尖閣諸島の屈辱?

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/10/05 02:05 投稿番号: [135 / 1092]
台湾では、まだ徴兵制度です。しかし、馬が票を勝っとくするために、全面徴兵廃止、募兵に変わると宣言。つい、二、三日前のニュースに、国防部〔台湾の〕が、予算をくみ出すことができず、全面募兵は不可能になったと。
つまり、馬の選挙で打ち出したスローガンが、又一つ実現できなくなったということ。

両方の結果も、大変な目に遇う。一つは、無理して実行する。予算が崩れる
。もう一つは中止する。馬の面目が破産する。

だから、選挙はタダ、当選すればいいのでない。民主党だって、同じ境遇に出会っている。米離れの政策を取ったのも、経験不足からきたのである。親中の政策に切り替えて、受けた結果は尖閣諸島の衝突〔漁船が真っ向から衝突を敢行)

これは中共が故意に策動したのが明白に見える。
漁船といっても、鋼鉄で建造された強い舟である。それを真っ向から、自衛隊の軍艦へ直撃、へこんだのは、自衛隊の舟ですよ。

それから、その後の、発狂状態、(温家宝の発言姿勢)目が凶悪で〔狂犬病発病の犬そっくり〕〜〜〜

船長の帰国発言は、「まだ行く」ですよ。

韓国は北朝鮮とにらみ合っているので、徴兵制度は台湾より、緊密に実施している。

馬が全面募兵制度に切り替えたのは、対岸に歩調を合わしている確証である。

Re: 尖閣諸島の屈辱?

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/04 01:42 投稿番号: [134 / 1092]
natunokaze001様:
大体経験のない閣僚達がこんな緊急じたいに接すると、リスクや被害を

コントロールできる専門家が閣僚レベルにはいません。事故処理が出来ずに

パニックになります。今回もいら菅が中国とのチャンネルがないのを怒った
そうです。
防衛省にはあるはずですね。外交も下手です。自分の国は自分で守る法と

体制を確立するべきです。もうその時期にきています。しかし軍事費の予算

ができません。本格的な軍備経費はおそらく20−30兆円でしょうね。

それお進めると、日本経済は終戦直後の貧困経済に落ちるそうです。台湾の

若者はまだ徴兵制度を維持していますか?米国では準徴兵制度で19歳に

なると郵便局などに登録しておきます。韓国も徴兵制度が存在します。

日本は特異な存在ですが、となり隣人の出方次第で平和はすぐ吹っ飛びますね。

尖閣諸島の屈辱?

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/10/03 23:27 投稿番号: [133 / 1092]
尖閣諸島、だけでも、かなり、日本を苦しめているのですね?

アメリカが、日本のほうに立つと思えば、今回は、アメリカの圧力で、引け目な解決法になってしまったのですね?

Re: 敗戦は自招でした。

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/10/02 16:22 投稿番号: [132 / 1092]
natunokaze001様:今回も表面は敗戦した世論が一杯ですね。

だが、日本政府が全記録を公開して中国の非を十分説明したら

世界の世論が認めて日本が真の勝利者になるのです。だが、羽田

国土交通相は非公開にして慎重に処分するといいます。政治家が

粛々と法に沿って進めるとか慎重に判断するとかは嘘八百であります。

先送りせずに明確にけじめをつけて個々のケースは解決していく外交が

ないから、北方四島はもうかえりません。竹島のごとくなります。次に

尖閣にでてきたら、追い返すだけです。そして台湾、香港共同ででてきたら

上陸を許すより他に方法がありません。ここがかたずけば、次は沖縄諸島

です。砂の上の平和は騒乱をかもし出すだけです。先送りは一瞬の静けさを

出すだけですね。

Re: 敗戦は自招でした

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/09/29 02:48 投稿番号: [131 / 1092]
kazamidori8888様:始めて貴方に返信します。台湾からの青年は
まず、蒋介石国民党の圧迫、迫害、恐怖より抜け出たい一念で北米留学が
おおかった。香港はやはり英国嘱託地から中国へ返還されるにつき,自由,民主制度が消えると心配して留学をしてきたのでしょう。1960年代の台湾留学生から教室で時々聞く逸話はひどい話でした。次に米加国の大学が選択
したい科目があるので、修士、博士号を取りたいと申していました。返金の義務が無い奨学資金が無数にありましたので、部屋代などは十分まかなえました。就職して、結婚したら両親、兄弟姉妹を台湾から呼んでいましたね。
多くが成功していますが、子供達は徴兵でベトナムで戦死しています。イラク戦以後は志願制度でアジア系は軍の上層部で活躍しています。欧州戦争で
小さなアジア人兵士(日系兵士)が突撃してきたので降伏した独軍兵士は何故
三国同盟の日本兵が攻めてきたのか合点がいきませんでした。台湾系、香港系兵士がベトナムでも同じ顔の米国兵には合点が行かない様でありました。
今では自分は自分で守る鉄則を堅持しつつ平和を満喫している元香港、台湾系米人達であります。

Re: 敗戦は自招でした

投稿者: kazamidori8888 投稿日時: 2010/09/28 05:53 投稿番号: [130 / 1092]
今にして思えば、先に、アメリカ・カナダに渡った香港人・台湾人は今日このことのあることをみこしての行動だったのだろう、卓見である。

Re: 敗戦は自招でした。

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/09/28 03:24 投稿番号: [129 / 1092]
natunokaze001様:台湾日日新聞で見た山本元帥の国葬は厳粛であり、

悲痛な国民感情で一杯でしたね。ブーゲンビルの北端のジャングルの

中に突っ込んだ長官機の長官席が外に飛び出して遺体に弾痕の跡がありませ

でした。しばらく生きていたのでしょう。軍医が近くに寄ろうとすれども

我が身の重傷にあえなく息たえました。後任がやはり大艦主義の古賀峰一

でした。真珠湾攻撃やミッドーウエイ海戦の全艦長は水雷艇の専門の南雲

中将でありました。奇襲で夜中に魚雷攻撃をしてすぐ現場を去る戦法が

水雷艇の本髄でした。真珠湾もミッドウエイ海戦も第三次、第二次攻撃も

発動せずに現場をさりました。航空戦略の経験を持ったトップが少ない

時代でした。山本長官は山口多門とか角田覚次とかと並んで経験ありの

司令でありましたね。軍令部総長にも向いていた方でした。海軍の企画

に秀でた提督でしたね。必要な人物を早い時期に失い海軍乙事件のごとき

みっともない逃避劇で戦没したのが古賀でありました。

Re: 中国台湾省

投稿者: nipponndaisuki003 投稿日時: 2010/09/28 00:58 投稿番号: [128 / 1092]
あげる。

Re: 敗戦は自招でした。

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/09/20 22:53 投稿番号: [127 / 1092]
大和、武蔵のトン数だけでもわかるように、空母以上ですよ。アンナデッカイ戦艦建造して、何の役にも、ならなかったですね。

このカテ〔台湾〕に、三つのビデオが見れるトピがあります。
「懐か、カラオケ大会」「台湾楽しいや」「テレサテン」〜〜前の二つの中を、右へ右へと、クリックしていくと、いろいろな古いフイルムがでてきます。

その中に、山本元帥(死後、追封された)が東京での、国葬の場面が残っています。壮観ですよ。

Re: 敗戦は自招でした。

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/09/20 02:36 投稿番号: [126 / 1092]
なつのかぜ001様:
武蔵、大和で3隻の正規空母が出来るかどうかしりません。空母は艦上に

4000−6000人の乗務員と海兵隊をのせます。完成してから1−2年は
装備の点検と海兵隊の洋上訓練をするのですが。大和はたしかに不要でしたね。
大型の艦隊決戦にもあわずに砲弾もさして打ち込んでいません。戦争前には

山本五十六元帥(当時は中将)は海軍次官であり、あの吉田善吾海軍大臣と

日独伊同盟に反対しました。締結後、彼は米内光正海軍大臣の思慮で身の安全
を守るために洋上に(連合艦隊司令)だされました。近衛総理に米内と日米同盟
を極力反対しました。永野修軍令部総長は肩書きだけのぼんくら軍人で山本は
始めから戦略などは期待しませんで,自分で草案したのですね。だが私は

山本の骨頂は軍政であって、決して戦略ではないと思います。海軍次官、大臣
という役割で中央にとどまり日米開戦拒否の軍政に及川,米内などと海軍だけでも
反対すれば閣議が成り立たないし、開戦は頓挫したかもしれません。ミス

マッチで任命された彼の最後の行き場所はブーゲンビル島のジャングルより

他になかったのです。台湾で新聞紙上で国葬の写真、記事をみましたね。

悲しかったですよ。

Re: 敗戦は自招でした。

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/09/19 22:44 投稿番号: [125 / 1092]
大和と、武蔵の、二大戦艦を建造する前の、計画会議では、山本が猛反対したが、かつて、日露海戦で活躍した、中堅幹部が、当時の海軍の戦力を握っていたのだった。日本海海戦の勝利が頭にこびりついて、戦艦はもっと、大きく、大砲はもっとでっかいほうに、と、戦艦に全力を使ってしまったわけでした。

この二隻で、少なくとも、空母は三艘できるはずでした。

当時の山本は、計画を左右する力には、満たしていなかったのでした。

実に言うと、第二次大戦は、空の問題でありました。制空権を失った国が勝てること、出来るはずないです。

だから、戦争の始まる前から、日本は負けていたのである。

Re: 敗戦は自招でした。

投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/09/19 10:07 投稿番号: [124 / 1092]
nzatunokaze001様:
昭和19年なら米潜水艦は東京湾のなかを常時監視していました。台湾では
高雄港の沖合いに待機していて南下する護送船団の逐次詳細を仲間の潜水艦に伝えてバシー海峡で狙い打ちでした。基隆港も出航した艦船は沖合いで昭和18年4月頃から撃沈されました。高千穂丸が3月末に沈没しています。これを守る対潜水艦偵察機がありませんでした。米軍太平洋艦隊の指令たちは年功序列とか卒業クラス年度とか学業順位とかどうでもいいことでした。
南からせめて来た機動部隊の司令官は作戦ごとに参謀以下が機動部隊を交換
して指揮をとっていました。硫黄島作戦ではハルゼーが第三機動部隊を第四
をスプルーアンスが台湾沖では第三をスプルーアンスが指揮し、第四をハルゼーが指揮を執る具合でした。現地の作戦には伝統とか法律はありませんでした。数量ではハンデーが大きかったですが、勝つための従来の型を破る
知恵も少し足りませんでした。

Re: 敗戦は自招でした。

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/09/18 22:48 投稿番号: [123 / 1092]
「自招」とは、自分が招いたということです。自業自得と、までにはいかないけれど〜〜〜

南方を勢力範囲に入れた時分から、制海権は決めなければいけないのを、潜水艦だって、数が、アメリカの三分の一以下でしょ?そこで、制海権の穴が開いてるといえましょう。

案の定、アメリカの空母に散々悩まされたが、一番、被害の大きかったのは、潜水艦攻撃でした。19年後半からは、日本の軍港に自由に出入りができたのだから〜〜〜

戦艦大和、と武蔵を建造する時に、それを省いて、空母か、潜水艦に切り替えれば、戦果は別だったでしょう。
ありさまだから〜〜〜

Re: 敗戦は自招でした。

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2010/09/18 22:37 投稿番号: [122 / 1092]
真珠湾攻撃に、敵の航空母艦を傷めなかったこと、じたい、すでに、この戦は負けているといっても、過言ではないはずです。

日本全国が攻撃成功に、湧き上がっていた時分、山本将軍一人だけが、顔をくもらせていたのでした。

第一次戦争の古い、戦艦を沈めるだけなら、そんな苦労はしなくて、すむはずなのに〜〜〜

南雲はなにも知らずに、ただ喜んでいたのである。

が、勝敗はすでに決まりである。
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