Re: 敗戦は自招でした。
投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/09/20 02:36 投稿番号: [126 / 1092]
なつのかぜ001様:
武蔵、大和で3隻の正規空母が出来るかどうかしりません。空母は艦上に
4000−6000人の乗務員と海兵隊をのせます。完成してから1−2年は
装備の点検と海兵隊の洋上訓練をするのですが。大和はたしかに不要でしたね。
大型の艦隊決戦にもあわずに砲弾もさして打ち込んでいません。戦争前には
山本五十六元帥(当時は中将)は海軍次官であり、あの吉田善吾海軍大臣と
日独伊同盟に反対しました。締結後、彼は米内光正海軍大臣の思慮で身の安全
を守るために洋上に(連合艦隊司令)だされました。近衛総理に米内と日米同盟
を極力反対しました。永野修軍令部総長は肩書きだけのぼんくら軍人で山本は
始めから戦略などは期待しませんで,自分で草案したのですね。だが私は
山本の骨頂は軍政であって、決して戦略ではないと思います。海軍次官、大臣
という役割で中央にとどまり日米開戦拒否の軍政に及川,米内などと海軍だけでも
反対すれば閣議が成り立たないし、開戦は頓挫したかもしれません。ミス
マッチで任命された彼の最後の行き場所はブーゲンビル島のジャングルより
他になかったのです。台湾で新聞紙上で国葬の写真、記事をみましたね。
悲しかったですよ。
これは メッセージ 125 (natunokaze001 さん)への返信です.
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