Re: 敗戦は自招でした。
投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/09/19 10:07 投稿番号: [124 / 1092]
nzatunokaze001様:
昭和19年なら米潜水艦は東京湾のなかを常時監視していました。台湾では
高雄港の沖合いに待機していて南下する護送船団の逐次詳細を仲間の潜水艦に伝えてバシー海峡で狙い打ちでした。基隆港も出航した艦船は沖合いで昭和18年4月頃から撃沈されました。高千穂丸が3月末に沈没しています。これを守る対潜水艦偵察機がありませんでした。米軍太平洋艦隊の指令たちは年功序列とか卒業クラス年度とか学業順位とかどうでもいいことでした。
南からせめて来た機動部隊の司令官は作戦ごとに参謀以下が機動部隊を交換
して指揮をとっていました。硫黄島作戦ではハルゼーが第三機動部隊を第四
をスプルーアンスが台湾沖では第三をスプルーアンスが指揮し、第四をハルゼーが指揮を執る具合でした。現地の作戦には伝統とか法律はありませんでした。数量ではハンデーが大きかったですが、勝つための従来の型を破る
知恵も少し足りませんでした。
これは メッセージ 123 (natunokaze001 さん)への返信です.
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