尖閣諸島は日本の領土である

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Re: 尖閣諸島研究会 8P

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2011/07/12 13:40 投稿番号: [4 / 61]
呵などJ。
  尖閣列島。かこのような領有権問題にまで発展した背景に
は『同列島周辺の東支那海大陸棚に埋蔵されると推定され
ている豊富な地下資原かある。そ・りしてこれらの大陸楯地
ド資原の探査および開発は今後の問題である。したがって、
尖閣列島の領有権間題は東支那悔大陸棚に対する探査・関
発の本格化とともに、あるいは重要な問題に発展すること
らありうる。
  本研究会はその第一回の研究成果を昨年三月の本誌第五
巾六号(尖閣列島特集号)においてあきらかにした。本研究
会はその後も領有権立証のための作業を絡続してきたが、
このほどあらたな証拠資料を加えた研究会としての結論を
以下のようにまとめた。

領土編入
―領有意思目本が尖閣列島に対して領有意思をもち始め
たのは、明治十二年(一八七九年)頃からである。すなわ
ち、同年に発刊された「大日本全図」(松井忠兵衛編)に
は、すでに尖閣列島が個々の島嶼の名称を付されて日本の
領土としてあらわれている(注この地図では和平山、黄尾

島、赤尾島といりた名称を用いている。また南北二小島および防
近の岩礒は総称として凸島とされている。なお和平山とは魚釣島
のことである)。また明拍十六年〔一八八三年〕の内務雀地理
局編纂「大日本府県分轄図」(明治十四年改訂版)にも、島
嶼の名称が付されないままに同列島が沖縄県の中に見出さ
れる。
  さらに明治十八年(一ハ八五年)沖縄県知事は欧府の命
令によって美里間切詰山方策者大城永保氏から尖閣列島に
ついての事情聴取をおこなうとともに、政府の許可を得て
出雲丸を列島に派遺、港湾の形状や土地物産の開拓見込み
などを実地調査し、その調査結果を沖縄県五等属石沢兵{
吾、同船船長林鶴松の両名に報告させている。同列島に対
する実地調査は明治二十五年(一八九ニ年)軍鱗悔門によ
ってもおこなわれた(注ただしこの事実は日下のところ第一
次資料によって確認されたものではない)。
  なお、このほか明治十九年(一八八六年)の海軍水路部
水路誌(衰薦水路誌)はその第一巻の第十編「州南諸{r
の中でヽ同じく明禎二十七年(一八九四年)の水路誌(海軍
水路部)では、その第二巻第三編『南酉諸島』の中におい
てヽ尖閣列島を扱っている。(洙明治十九年の海軍水路誌
ではこれら・の島々をすでに「尖闇群島」と総称していた。なお
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