Re: 尖閣諸島研究会 15P
投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2011/07/18 11:18 投稿番号: [19 / 61]
高苛弁務官の命によるー)を大正島を含む五島に設置した。
琉球政府もまた昭和四十三年こ九六八年)以後巡視艇
♀トセ)によるパトロールを実施、同年八月十二日南小
島、昭和四十五年(一九七〇年)七月十一日久場島に対す
る現地調査をおこない、沈船解体のための台湾人労働考に
よる不法上睦の事実を確認、ただちに退去を命じた(注
南小島には四士五名、久楊島では十四名の労働者が上陸してい
た)『、なお、アメリカ民歌府は南小島で作業をおこなってい
た台湾人労働者か退去命令後正規の入域手続を申牌してき
たので、昭和四十四年こ九六九年)十月Ξ十一日までの
期限を条件として、八月三十日船舶三隻を含む五十各、さ
らに翌年四月二十一日、追加修正七十八名の入域を許可し
4j(t HCPS‐91203y
なお、米施政権下での列島に対する学術、資源などの潤
査は七回に及んでいる。すなわち、一九五〇年の高良鉄央
教授{院球大}による学術(昆虫類の分布および生態)調査を
はじめとしてヽ五二年には琉球大学’高良教樫ほか)琉
球政府資豚局(多和田真淳技官)による学術(生物相)およ
び資源調査、五Ξ年にも琉球大学(高良教授、宮城元助助教
授ほか)による学術(φ砺相)調査がおこなわれているか、
さらに六Ξ年琉球大学(高良叡授、新納義馮助教複ほか)、
琉球気象庁(伊志嶺安進海洋係長)による俘誦(海鳥、慎物生
態)および海洋気象同査、六八年琉球大学(高良教授、兼島
清教授ほか)、琉球政府(総務局渉外喋、八重山地方庁、海洋気
象庁、ハ重山気象台)、石垣市からなる総理府派遭合同贋査
団(団長高岡大蛸沖縄問題等懸談会専凹委員)による地下資源
(石油)予備澗査(注この資源周査はエカフエの哨査開始Ξ
カ月前になされたものである)がおこなわれ、また、七〇年
には九州大学および長崎大学の学術(地質、吻.物)調査、七
一年琉球大学(池原貞火教授以下十四名)による学術(地質
勤楠物、海洋資源、地域汚染など)調査が実施された(注琉
球大学による学術調査は一九七〇年にも試みられたが、このとき
は気象条件などのため雄島しただけで、実際の瞑査はおこなわれ
なか『‐た』
五結 胎
尖閣列島は国際法上の先占にもと。ついて日本恢土に編入
されたものであるが、わが国は明治二十八年(一八九五年)
の倣土編入以後ごく最近()九七〇年)にいたるまでの七
十五年間世界のいかなる国からも杭朧をうけたことはな
く’司冽島を平穏裡に占有してきた。そればかりでなく日
琉球政府もまた昭和四十三年こ九六八年)以後巡視艇
♀トセ)によるパトロールを実施、同年八月十二日南小
島、昭和四十五年(一九七〇年)七月十一日久場島に対す
る現地調査をおこない、沈船解体のための台湾人労働考に
よる不法上睦の事実を確認、ただちに退去を命じた(注
南小島には四士五名、久楊島では十四名の労働者が上陸してい
た)『、なお、アメリカ民歌府は南小島で作業をおこなってい
た台湾人労働者か退去命令後正規の入域手続を申牌してき
たので、昭和四十四年こ九六九年)十月Ξ十一日までの
期限を条件として、八月三十日船舶三隻を含む五十各、さ
らに翌年四月二十一日、追加修正七十八名の入域を許可し
4j(t HCPS‐91203y
なお、米施政権下での列島に対する学術、資源などの潤
査は七回に及んでいる。すなわち、一九五〇年の高良鉄央
教授{院球大}による学術(昆虫類の分布および生態)調査を
はじめとしてヽ五二年には琉球大学’高良教樫ほか)琉
球政府資豚局(多和田真淳技官)による学術(生物相)およ
び資源調査、五Ξ年にも琉球大学(高良教授、宮城元助助教
授ほか)による学術(φ砺相)調査がおこなわれているか、
さらに六Ξ年琉球大学(高良叡授、新納義馮助教複ほか)、
琉球気象庁(伊志嶺安進海洋係長)による俘誦(海鳥、慎物生
態)および海洋気象同査、六八年琉球大学(高良教授、兼島
清教授ほか)、琉球政府(総務局渉外喋、八重山地方庁、海洋気
象庁、ハ重山気象台)、石垣市からなる総理府派遭合同贋査
団(団長高岡大蛸沖縄問題等懸談会専凹委員)による地下資源
(石油)予備澗査(注この資源周査はエカフエの哨査開始Ξ
カ月前になされたものである)がおこなわれ、また、七〇年
には九州大学および長崎大学の学術(地質、吻.物)調査、七
一年琉球大学(池原貞火教授以下十四名)による学術(地質
勤楠物、海洋資源、地域汚染など)調査が実施された(注琉
球大学による学術調査は一九七〇年にも試みられたが、このとき
は気象条件などのため雄島しただけで、実際の瞑査はおこなわれ
なか『‐た』
五結 胎
尖閣列島は国際法上の先占にもと。ついて日本恢土に編入
されたものであるが、わが国は明治二十八年(一八九五年)
の倣土編入以後ごく最近()九七〇年)にいたるまでの七
十五年間世界のいかなる国からも杭朧をうけたことはな
く’司冽島を平穏裡に占有してきた。そればかりでなく日
これは メッセージ 18 (senkaku_islands さん)への返信です.
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