台湾人と本気で交流

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Re: ウンホーさま、東部2県の特殊性

投稿者: nachitakao 投稿日時: 2008/04/08 01:22 投稿番号: [9245 / 10346]
Cafe様:
戦争前は総督府が音頭を採って官製集団移民政策で日本での災害避難民を

移民として台湾に吉野村とか瑞穂村を作りました。終戦時は多くが台湾生まれの2-3世が

主導していました。農家が多く彼等が作った新種米(池田米もその一種)は

蓬莱米の出現1年前に販売されて人気がありました。蒋介石がつれてきた

中華軍の平均年齢が18歳で15歳の少年兵も多々いました。困ったのは

中国はなくなり、これらの兵卒が結婚適齢期にたっしても結婚の機会が少ない社会情勢

(文化、言語、風習、軍人)でしたので、適齢期の男性が少なくて労働力の

不足もある山岳に駐屯を替えたりしました。一種の官製集団移住です。現実

に一番大きな魅力は原住民女性と両親には軍人特典制度でありました。

娘が結婚する相手が軍人であるなら現役で特典が一等親族内で資格がでまし

た。当然子供も資格があり、そのために種種の画策をたくらみ資格取得に

奔走したエピソードがあります。

この軍人特典を持つ適齢期の婚姻が住んだ時期で今度は原住民族の恩典を

提供したのです。この種の恩典は総督府時代にもありましたが、残念なの

は、地区の警官(村長でもあり、教育委員長でもあり、生活保護委員長まで

も兼任だらけの)の采配に任せられましたので、不正もたびたび出ていまし

た。これが事件につながりました。霧社事件などです。

軍人と原住民を握った予算は当時の台湾人が全部になったわけです。当時は

国民党しかありませんおで、村長(郷長などは)は全部国民党員であり中華

生え抜きの外省人が任命されたのです。完全な隣組制度で国民党は長期にわ

たり地盤養成を図り、2世ー3世を多少抜擢して応援団の組織を確立したのです。
ですから台東、花連、宜蘭あたりから南投県の山岳地域の国民党の土台は

磐石であす。資金が少ない民進党ではつき壊す力はありませんでしたね。

陳総統の親族公金横領事件があろうと無かろうと関係なく国民党が勝利
する地域です。
明治政府が集団移民を台湾に移住させても何も選挙に関係なかったが、蒋介

石の意図は底が深くてすぐ選挙に結びついたのですから相当の曲者ですね。

特典に関与できなかったのは「みん南族』で彼等は南部で国民党反感、批判

で、民進党の創立につながったのでしょう。

だが台湾意識化に目覚めた若手と高齢とで72%が存在しますのは、今後

どう台湾人が政治を進めるのかに影響を出せるかどうか興味深々であります。
横から入りましたの御容赦ください。
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