Re: 漢文に「返り点」をつける
投稿者: taiwanboom 投稿日時: 2007/06/12 14:45 投稿番号: [8636 / 10346]
naganaga様
私は戦時中、この「レ」方式で漢文を日本文として読む
教育を受けました。厳しく鍛えられました。
漢文の試験では、この「レ」がついていない「原文」に
「レ」をつける問題がかなり出ました。
「レ」がつかない漢文は「白文」といっていました。
「レ」をつけることを「返り点をつける」といっていました。
江戸時代の書籍には、初めから「レ」がついたものが
かなりあります。が、やはり「白文」の方が多いようです。
この「レ」は、日本人が発明した「漢文和訳法」でしょう。
明治時代の英語教育でも、
単語や節に漢文流の「レ」をつけた時期があります。
それによって英文を読むとなかなか便利です。
と同時に、漢文と英文の文法に共通点が多いことを知り、
中国人がうらやましくなります。
「レ」による漢文和訳法は、便宜的なものであって、
おっしゃるような「学問」としての評価に値するもの
ではないと思います。
昔の日本の学者なるものは、著作や論文は「漢文」で
書くことが当たり前でした。
仮名交じりの「和文」で書かれたものは、
正当な学問的著作や論文とは認められませんでした。
ただし、これらの「漢文」はどうやら「和風漢文」に
なっていたようです。
これでは中国の人は、すらすらとは読めないのではないか
とかいわれていますが…
西洋においても、学問的な論文は「ラテン語」でなければ
なりませんでした。
近代外科の創始者といわれる、フランスの「パレ」は
いわゆる「理髪師」から外科医になったもので、
ラテン語が書けません。
このためにパレのフランス語の論文の評価が低く、
これが近代外科の幕開けを遅らせたといわれています。
当時の外科手術は、もっぱら「床屋さん」の仕事でした。
ということで、学問的には「職人」としての評価しかなく、
ラテン語での論文の発表も極小数とあって、
外科が「学問」との評価を受けることは困難だったのでしょう。
これは メッセージ 8635 (naganaga57 さん)への返信です.
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