台湾人と本気で交流

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nachitakaoさま、国語家庭、その複雑な心境

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2005/12/31 10:54 投稿番号: [7604 / 10346]
那智高雄さま、こんにちは♪
大晦日になりましたが、台北では世界最高の高さを誇る台北101でカウントダウンがあるそうです。きらめくライティングショーと花火が楽しめるそうです♪

そうそう、11月の末に那智高雄さんが書いてくださった、日本統治時代の政治結社の話、レスが遅くなりました。

>台湾文化協会を作り、政治結社の代わりで、台湾人啓蒙運動にかかわりました。この団体をおさえるために総統府はありとあらゆる別の文化活動を仕上げて、有力者(御用紳士を)を自分に都合よく使いました。利用されたほうも、心底からの協力ではなくて時がくればもっと台湾人の生活向上、啓蒙を進めれると考えたと思います。

御用紳士の胸中は複雑なものだったと推察します。自分の家族、一族のことを考えれば、日本政府に協力せざるをえないし、かといって、今までの台湾人としての習慣や伝統を捨てて日本人になるのはとても大変です。

呉濁流さんの「アジアの孤児」の中に、日本統治時代の台湾の国語家庭では、100%日本人になろうとする意識があったという記述がありました。
たとえば、日常生活で台湾語を捨てて日本語を使うのは当然として、中国式の旧正月の習慣を捨てて、日本の正月を祝い門松を飾るなど。

しかし、内地では別として、台湾では日本人が台湾人を差別する意識が強かったそうで、どんなに国語家庭の人ががんばって日本人になる努力をしても、なかなか日本人には認められなかったというようなことが書いてありました。

>やった過程は同じでした。その方法に多少の緩やかさと司法制度が確立されていたのが相違点でしょうか。直接逮捕ではなくて、反対団体の活動、宣伝で相手の活動を緩めるというのでした。少しましでした。

例えば、私たち日本人が突然中国に支配され、明日から中国語を日常的に話し、中国の旧正月を祝い、中国人のようにふるまえなどと強制されたら、かなりショックです。
そのように考えると、日本の統治政策がいかに穏健なもので欧米帝国主義に比較して柔和なものだったとしても、台湾の人々に与えた精神的な苦痛はいかほどだったかと想像することができます。

ただ、その当時、台湾の人々が自らが置かれている政治的環境の難しさに気づいていたのか、そのへんはわかりませんが。
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