Re、内台共婚の実態;明治ー大正ー昭和
投稿者: suzuteri2515 投稿日時: 2005/10/26 22:39 投稿番号: [7372 / 10346]
cafe様:
私が書いた日本からの娘さんの台湾出稼ぎとか、就職探しとかひどい条件で移住したのは明治の話です。
大正になると、人身売買や低賃金の就職に台湾にくる内地人がすくなくなり、かなり好条件の出稼ぎと変化していったと思います。
昭和となると内地にいて就職や嫁ぐ先を決めておいてから移住したのです。このころはもう特別待遇で内地人は優遇されましたので、成金めがけた若者もおおかったです。これをお世話する商売が現れました。
台湾での警察官は幅がありますが、内地人であれば高等小学尋常かを出ていればなれたのではないでしょうか。
ですから中等学校を卒業していれば官吏も簡単になれました。
州庁でも台湾人で高等官待遇が4−5人だけでした〔高雄)。
最後は二人の台湾人が貴族院議員になったのが昭和20年でした、戦時中もでは台湾人の本土留学が盛んでした。そして反対に台湾人で内地に移住したものが多くなりました。
これは メッセージ 7361 (cafebangchhunhong さん)への返信です.
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