白団が蒋介石の要請で訓練部隊
投稿者: suzuteri2515 投稿日時: 2005/04/28 12:42 投稿番号: [6921 / 10346]
Lee_tin_ting様:
あなたみたいな若い台湾のかたがよくも白団について少しでもしっているのが不思議です。戦時中、共に勤労学徒であった本島人でも多くが知らぬほど管理情報の中の機密でありましたので。
蒋介石は日本の軍関係学校に留学しています。じつは日本軍の軍事訓練、軍教科などにある種の尊敬はありました。1949年台湾に逃避した彼を追うのは中国共産軍でありよくそれを承知していたのでしょう。早速元支那派遣総司令官の岡村寧次陸軍大将に要請して富田直亮陸軍少将を団長、蒋緯国将軍と膨大将の後援で1949年から1969年まで延べ83名の日本軍高級将校(少佐、中佐、大佐級)が全くの極秘行動でバナナ船にひそんで台湾に上陸し、公職追放のこの連中は台湾陸軍士官学校をかわきりに日本陸軍、海軍の教科と訓練の教育に従事しました。もちろん日本のGHQにも内緒でありました。宿舎は北投温泉の第一宿舎(昔の偕行舎)で世話人の本島娘から料理人まで万事備えがありました。将校連中は全員が台湾名に変えて行動したのです。特に精神訓練には力が入りました。多くの師団長、連隊長あたりまでの多くの高級将校の学習に身を投げて誠心誠意蒋介石に報恩したのです(?)。次にかきますがこの成果は一度中共軍が金門諸島を攻撃したとき、行動力に都合よい機帆船を日本より多数取り寄せて白団の戦略参謀のadviceにのって、中共軍を上陸させてから後部の絶ち、囲いの中の中共軍を殲滅させたのです。中華軍の司令長官は有名な湯恩伯将軍でした。
昔映画に「7人の侍」というのがありました。農村の住人が浪人7人を雇い部落乗っ取りを狙う侍を迎え撃ったあの手口と同じです。この映画はしっていますか?以来敗退した中共軍は多くの捕虜を残して大陸に逃げ帰り二度と侵攻はありませんでした。この点では功績が大でありましたな。
これは メッセージ 6915 (lee_tin_ting さん)への返信です.
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