台湾人と本気で交流

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leeさん、こんにちは(2)

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/04/27 03:35 投稿番号: [6907 / 10346]
>その長年の戦争には、日本軍は慈善事業をやるために中国に行った訳ではなかったでしょう?

「ある意味」、その通りです。
食うか食われるかの帝国主義時代、餌になるよりは食う側になったのです。
皮肉にも、そうする事で植民地にならずに済みました。
欧米との不平等条約を解消出来たのも、強国になれたからです。
アヘン戦争が日本に与えた恐怖は、非常に大きかったのです。
「ある意味」と言ったのは、江戸さんがおっしゃるように、神武天皇の「八紘一宇」の精神の発露でもあったからです。アジア解放は、大東亜会議でも明文化されています。そして、終戦後、印尼や越南の独立闘争のために、旧日本軍将兵が協力しています。それは成功しました。

>当時に戦争のために国家予算をかけて戦艦大和を作った日本

「大和」自体は、戦争のためというより、Fleet In Beingのためにあったのですよ。そして日本の主敵は米国です。太平洋をはさんで、米国と対峙する為には、戦艦は「たとえ戦わなくても」必要でした。(米国の「オレンジ作戦計画案」知ってますか?)
軍艦、特に戦艦が国力の象徴であったのですからね。清朝の丁遠、鎮遠だって、そうでしょう?

>といまの防衛予算でも一年五兆円の日本、いろいろと考えさせてしまいます。

日本の防衛費は、なんと、GDPの1%以内です。これだけです。それが相対的に多いというなら、それは日本のGDPが大きいからです。こんなことで日本を責めないで下さいね。これは日本人の功績なのですから。
しかも日本は、この60年間、一度も対外的な戦闘行為を行っていません。
自国民を3000万人虐殺もしなければ、他国の宗教指導者を追い出して、土地を強奪していません。隣接した国を「膺懲」と称して侵攻しません。日本は、全ては「話し合いで解決する」と宣言して、実行しています。
これほど平和な国が世界にありますか?

せっかくですから、一度『漢書』から、日中の交流史をお調べになっては如何ですか? 私は、『魏志』、『晋書』・・・(中略)・・・『元史』まで読みました。『明史』は手に入り辛いので、まだ読んでいません。一つ一つの出来事が積み重なって、悠久の歴史を紡いでいく。素晴らしいではありませんか。(日本の古代史は、中国の史書を参照せざるを得ません。)

以上、一筆言上。

PS. 面白い話があります。
私の伯父は日本陸軍航空の戦闘機乗りでした。
戦後、千葉県の駐屯先から帰宅してから、台湾・中華民国空軍からしつこくスカウトされたのです。高給で。
そう。国民党政権が反日教育をしている真っ最中に。
結局、伯父の母(つまり私の祖母)の猛烈な反対で、実現はしませんでした。
冗談で、「台湾にでも行って、飛行機事故で殉職でもすれば、ガッポリ年金が入って、あのクソオヤジも、少しは家族から好かれたろ
うにね」と、私の親が冗談ぽく話します。

別の人で、戦後レコード業界に入ったS海軍中佐という人は、日本の敗戦直後、駐屯先の台湾で、中華民国空軍の士官からしつこくスカウトされて、どうしても帰国したいから、わざわざ米軍将校に頼み込んで、その中国人将校の依頼をはねのけたという話もあります。
「給料なら、出来るだけ希望に沿うぞ」とまで言われたそうです。

反日政策が盛んな台湾で、戦後、どうしたことか、国民軍将校の制服を着た日本人が、堂々と大声で公衆電話で話していたとか。(つ
まり、台湾に高給で雇用されたいたわけです。)

追伸には、深い意味はありません。単なる「例」です。ね? 世の中は、複雑怪奇ですよね?

私は、台湾原住民が、下関条約後に日本に徹底抗戦した事実に絶大な敬意を覚えますし、そして日本の戦没パイロットのために飛虎将軍廟を建立してくれた事に、心から感謝しています。有り難う。


最後に、カフェさま、ここに不似合いな文を投稿し、すみませんでした。どうかご勘弁下さい。
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