今日もすみません。
投稿者: banqiangren 投稿日時: 2004/11/11 22:49 投稿番号: [6273 / 10346]
こんばんは。
すみません。またきました。
自分の心の整理に利用させていただいています。
台湾系の日本語学校を離れてしばらくしてから、私はほんとに廃人でした。
新人権力者の寵愛を受けて嫉妬されて結局は捨てられた、という一面もあったので、台湾のために、学校のために、信用するボスのためにやってきたのに、権力者の交代時期に誰も何もしようとしなかったときに、黙々と仕事したのに、わたしがいれば、広告費も手数料もいらずにある程度学生を集められるのに、私は18の時から日本語教師を目指してやってきて、クラスにも学生一人一人にも心も時間もエネルギーもかけてきたのに。お客の見学も、新人教師の見学も受け入れて、問題のある学生たちの面倒もよくみてきて、なぜ私が?と実は今でも思ってます。
私も弱いいいこちゃんでしたが、私をきった人間もかなりの世間知らずだと今は思います。
自己主張に欠けていすぎました。
今の私なら、絶対にあんな言葉を言わせないし、何かあったらすぐに裁判を起こしてます。
廃人状態で職探しをしていた3年前の冬、台湾の家族がまた大挙してやってきました。夫とも口をきけず、毎日自分との戦いに必死だった私は、今回だけは何とかやめてくれ、私がもたないから春まで待ってくれ、といったものの、そこは台湾人の夫。姉たちが優先です。
私は自分の両親とも、友人とも、会える状態ではなく、とにかく夫に頼らず自分の判断で自分の次の人生を切り開くにはどうしたらいいかを考え、考えながらも外に出て日本人男性を見ると恐怖に足が震える日々。
夫はそのころ人生順風満帆でしたし、鈍感で強い人なので、そんなことにはまったく気づかず、台湾の家族を歓迎できず、もてなすこともできず、自分の友人からの電話にも出ない私はただの「わがまま」。
姉たちをいつものように歓待できない私に「出て行け」「ここは私のうちよ」「離婚してやる」「どうぞ」
で、私がこんな思いやりのない人とはやっていけない、とほんとに思って一切コミュニケーションをたったので、むこうもそれまで入れていた一切のお金を入れなくなり、ほんとうの戦争に突入。
中国人のところで仕事をみつけて、簿記の勉強をして資格をとって、中古マンションを探してきて、離婚届けを準備してつきつけました。
そこで、彼の家族は仕方ないにしても私の家族も離婚に賛成されてしまったんです。
「次は日本人にしなさいね。マンションはもらうのよ!」母に言われた言葉です。向こうの姉は、離婚に必要なお金を送金してきました。
で、結局、離婚はしませんでした。
反対されていたら、したかも?
がんばってがんばって仕事して、で、
夫に認めさせた、ってところですね。同じ世界で仕事をするようになったので、以前より「親友」として仲良くなったと思います。
夏に入ったところは、誰でも知っている日本の大手なので、ここでがんばることで学校の人々に対する私なりの復讐になると思っています。
ビジネス社会→教師社会は、簡単。
教師社会→ビジネス社会は、難しい。
もう彼らには一生どうがんばっても
手に入らないものを手にいれたので、
一日一日を大切に、やってます。
現在の上司はほんとに賢く、女がローカ
ル日本人の中で外国語を「話す」ことによる危険性を察知しました。さすがです。今のところにいれば日本人への信頼を取り戻せるかもしれない、と感じはじめた最近、なのです。
毎日、くだらないことを長々とすみません・・
こういう話はこのへんでやめますね。
ま、自己紹介をかねて、ってことで
お許しください。
すみません。またきました。
自分の心の整理に利用させていただいています。
台湾系の日本語学校を離れてしばらくしてから、私はほんとに廃人でした。
新人権力者の寵愛を受けて嫉妬されて結局は捨てられた、という一面もあったので、台湾のために、学校のために、信用するボスのためにやってきたのに、権力者の交代時期に誰も何もしようとしなかったときに、黙々と仕事したのに、わたしがいれば、広告費も手数料もいらずにある程度学生を集められるのに、私は18の時から日本語教師を目指してやってきて、クラスにも学生一人一人にも心も時間もエネルギーもかけてきたのに。お客の見学も、新人教師の見学も受け入れて、問題のある学生たちの面倒もよくみてきて、なぜ私が?と実は今でも思ってます。
私も弱いいいこちゃんでしたが、私をきった人間もかなりの世間知らずだと今は思います。
自己主張に欠けていすぎました。
今の私なら、絶対にあんな言葉を言わせないし、何かあったらすぐに裁判を起こしてます。
廃人状態で職探しをしていた3年前の冬、台湾の家族がまた大挙してやってきました。夫とも口をきけず、毎日自分との戦いに必死だった私は、今回だけは何とかやめてくれ、私がもたないから春まで待ってくれ、といったものの、そこは台湾人の夫。姉たちが優先です。
私は自分の両親とも、友人とも、会える状態ではなく、とにかく夫に頼らず自分の判断で自分の次の人生を切り開くにはどうしたらいいかを考え、考えながらも外に出て日本人男性を見ると恐怖に足が震える日々。
夫はそのころ人生順風満帆でしたし、鈍感で強い人なので、そんなことにはまったく気づかず、台湾の家族を歓迎できず、もてなすこともできず、自分の友人からの電話にも出ない私はただの「わがまま」。
姉たちをいつものように歓待できない私に「出て行け」「ここは私のうちよ」「離婚してやる」「どうぞ」
で、私がこんな思いやりのない人とはやっていけない、とほんとに思って一切コミュニケーションをたったので、むこうもそれまで入れていた一切のお金を入れなくなり、ほんとうの戦争に突入。
中国人のところで仕事をみつけて、簿記の勉強をして資格をとって、中古マンションを探してきて、離婚届けを準備してつきつけました。
そこで、彼の家族は仕方ないにしても私の家族も離婚に賛成されてしまったんです。
「次は日本人にしなさいね。マンションはもらうのよ!」母に言われた言葉です。向こうの姉は、離婚に必要なお金を送金してきました。
で、結局、離婚はしませんでした。
反対されていたら、したかも?
がんばってがんばって仕事して、で、
夫に認めさせた、ってところですね。同じ世界で仕事をするようになったので、以前より「親友」として仲良くなったと思います。
夏に入ったところは、誰でも知っている日本の大手なので、ここでがんばることで学校の人々に対する私なりの復讐になると思っています。
ビジネス社会→教師社会は、簡単。
教師社会→ビジネス社会は、難しい。
もう彼らには一生どうがんばっても
手に入らないものを手にいれたので、
一日一日を大切に、やってます。
現在の上司はほんとに賢く、女がローカ
ル日本人の中で外国語を「話す」ことによる危険性を察知しました。さすがです。今のところにいれば日本人への信頼を取り戻せるかもしれない、と感じはじめた最近、なのです。
毎日、くだらないことを長々とすみません・・
こういう話はこのへんでやめますね。
ま、自己紹介をかねて、ってことで
お許しください。
これは メッセージ 1 (abunaitaiwan さん)への返信です.
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