紫陽花亭日乗

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Re: 『蕭蕭』     沈従文

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/10/19 21:13 投稿番号: [672 / 735]
  その半月後、花狗(ホアゴウ)はなんの挨拶もなくいなくなった。
自分の衣服すべてを持ち去っていた。
祖父は一緒に寝起きしていた作男の唖巴(ヤーバ)に、
花狗がなぜ逃げたのか、どこへ行ったのか知らないかきいてみた。

山中に入って山賊になったのか、それとも薛人貴になりに軍隊に志願したかと。
唖巴は首を横に振るばかり、花狗に貸した二百銭をまだ返してもらっていない、
出立にあたって一言のことわりもなく、良心がないと言った。

唖巴(ヤーバ)は自分のことばかり言い、
決して花狗が出奔した理由を説明しようとはしなかった。

このことにより、この一家はまるまる一日不審の念で、
まるまる一日がこの話題でもちきりだった。

けれどもこの作男は何も盗んでいかなかったばかりか、
誰かをかどわかしたわけでもなかったので、
この事件の後ほどなくして花狗のことは忘れ去られた。

蕭蕭が蕭蕭であることにかわりはない。
蕭蕭が花狗のことを忘れることができたのはなによりだった。
しかしながら腹のほうには些かの変化があった。
腹のなかのものはいつも動いており、それは蕭蕭をして常に焦燥感を抱かせ、
へんてこな夢ばかり見せた。

蕭蕭は少しとげとげしくなった。
その性格の悪さについては、幼夫ひとり知るのみだった。
なぜなら蕭蕭は幼夫に対してかなり厳格苛酷になったようだから。

あいかわらず幼夫とともに過ごす毎日だったが、
蕭蕭の心に浮かぶ方策は、自分でも充分に賢明とは思えなかった。

蕭蕭はいつも思った。
すぐにでも死にたい、もうどうでもよくなった。
しかし、どうして死ななければならないのか。
彼女はそれでもこのまま生きていくことに大きな喜びを感じていた。
このまま生き続けたいと思った。

家中で誰かがなにげなく持ち出す幼夫の弟の話題、幼夫のこと、
花狗の話題はみな、蕭蕭の胸に拳骨で殴られたような
ずしりとした衝撃を与えた。

九月になり、蕭蕭は、更に知る人の多くなることを気に病んだ。
幼夫をつれて廟に行ったとき、人知れず願をかけひとつかみの線香の灰を食べた。
それを幼夫に見られ、なぜそんなことをするのかときかれた蕭蕭は、
おなかが痛いときはこうするのよ、と答えた。

菩薩のご加護を求めても、菩薩は当然のことながら蕭蕭の願いをおききいれ
にはならず、腹の中のものは依然としてゆっくりと成長していた。

蕭蕭はまた、渓に行ったときにはいつも冷水を飲んだ。
幼夫に見られ、尋ねられると、蕭蕭は、のどが渇いたのよ、と答えた。

蕭蕭の思いついた方法のすべてが、
自分の好ましくないものを切り離すには効果がなかった。

大きな腹のことは幼夫のみが知っており、
幼夫は敢えてそのことを父母に告げるることはしなかった。
なぜならば、時の流れとともに、年齢は異なってはいても、
幼夫はときとして蕭蕭へのおそれと愛情は、父母に対するよりも
いっそう深いものを抱いていたからである。

蕭蕭はまだ覚えていた、花狗が誓いをたてたあの日のことを。
覚えているその他のことと同じくらいには。



★薛仁貴
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%9B%E4%BB%81%E8%B2%B4
薛仁貴(せつじんき。仁貴は字で、名は礼)、中国の唐前期の武将。
618生〜683没。
農家の生まれだったが武の道に生きることを望み、
太宗・李世民の高句麗遠征で歴史の表舞台に登場した。
唐軍が敗走寸前だったところに、白い甲冑をまとい白馬に乗った薛仁貴が
現れて単騎で敵陣に切り込み、高句麗兵を斬り倒して敵将の首まで挙げた。
彼の奮戦もあって、唐軍はこの戦いに勝利した。


つづく

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