Re: 『蕭蕭』 沈従文
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/10/19 21:21 投稿番号: [673 / 735]
秋になり、家の表にも裏にも毛虫が繭を編み、
さまざまに美しい蝶・蛾になった。
幼夫が故意に蕭蕭を苦しめているようなものだった。
数ヶ月前、毛虫に刺され手が傷だらけになったことがいつも思い起こされ、
蕭蕭はつらかった。
だから蕭蕭は毛虫を憎み、見つけしだいその小さな虫を
足で踏みにじりたくなった。
ある日のこと、また幾人かの女学生が通って行ったと耳にした。
そのことをきいた蕭蕭は忽然大悟、一場の夢を見た。
ぼんやりと、何をするでもなく、太陽に向かって長い時間を過ごした。
自分も花狗(ホアゴウ)のように逐電しようと思った。
少しばかりの荷物をまとめ、女学生の通過した道をたどり城内に行こうとした。
しかし、まだ出発しないうちに家人に発覚するところとなった。
このような計画は田舎の人にいわせれば一大事件であったから、
蕭蕭の両手は縛り上げられ、まる一日食物も与えられず台所に放置された。
家中でこの逃走の理由を追及し、ようやく、
今より十年の後、幼夫に与え男の子を産ませ祖先を祀らせるつもりで
あった蕭蕭の腹が、すでに他の男によって横取りされ先に種をまかれて
しまっていたことがわかった。
このことは一家の生活の中でまったくのところ尋常でない大事件だった。
一家の平穏な生活はこの新たなできごとのためにすべてめちゃくちゃになった。
怒るものは怒り、泣くものは泣き、罵るものは罵り、
それぞれがその本分に応じててんやわんやの大騒ぎとなった。
首つりか、溺殺か、毒薬の服用か、
禁足となった蕭蕭には、諸事すべてがはてしなく想像された。
結局のところ、まだ年端がゆかないから死なせるのは惜しい
ということで前例に従わないことになった。
そこで祖父が現実に鑑み、賢明な案を思いついた。
蕭蕭を閉じ込めしっかり見張りをつけたうえで、蕭蕭の実家のものを呼び、
しきたりにのっとって「淵に沈める」か「売りに出す」か
を選択させることにした。
蕭蕭の家人はメンツを重視したし、溺死させるのも惜しいということで、
売りにだすことにした。
蕭蕭にはたったひとりの伯父がおり、近隣の村で作男をしていた。
知らせを受けた伯父は、まず使いが酒でも飲んでいるのかと思った。
この面目次第もない事情をようやく呑み込んだとき、
この実直温厚な家長は周章狼狽、どうしてよいかわからなかった。
大きな腹が動かぬ証拠だ。
言う言葉もなかった。
しきたりに照らしたうえの溺殺のほとんどは「子曰」を学んだ族長が
メンツを慮ってひねりだした馬鹿げた処置である。
伯父は「子曰」を学んだことがなかった。
蕭蕭を犠牲にするに忍びず、蕭蕭を妾にやるというなりゆきになった。
これもまた一種の処罰であり、きわめて自然なことのように思える。
しきたりに照らせば、損失を蒙ったのは幼夫の家だが、しかしながら
蕭蕭を売りまとまった金を得ることは、損失の賠償となるのだ。
伯父はこのことを蕭蕭に告げ、立ち去ろうとした。
蕭蕭は伯父の衣服をつかんで放さず、しくしくとすすり泣くばかりであった。
伯父は一度首を振り、何も言わず、そのまま立ち去った。
それからしばらく、人買い目的の人が蕭蕭を求めてやって来ることもなく、
どこか遠くに遣ろうにも買い手はつかず、という事情で、
蕭蕭はしばらくはそのまま幼夫の家にいた。
こうなることは経験からいってわかりきっていたし、田舎のしきたりに
よってもまた何ら重要案件でもなく、ただ処分を待つのみで、
みなはかえってさっぱりとしたものだった。
★「子曰」
「子の、曰(のたまわ)く」。「子、曰(いわ)く」。
(孔)先生がおっしゃった。
『論語』の記述の多くは、この言葉ではじまっています。
すなわち、中国の庶民と儒教は無関係ということです。
ほとんど文盲でしたから。
つづく
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さまざまに美しい蝶・蛾になった。
幼夫が故意に蕭蕭を苦しめているようなものだった。
数ヶ月前、毛虫に刺され手が傷だらけになったことがいつも思い起こされ、
蕭蕭はつらかった。
だから蕭蕭は毛虫を憎み、見つけしだいその小さな虫を
足で踏みにじりたくなった。
ある日のこと、また幾人かの女学生が通って行ったと耳にした。
そのことをきいた蕭蕭は忽然大悟、一場の夢を見た。
ぼんやりと、何をするでもなく、太陽に向かって長い時間を過ごした。
自分も花狗(ホアゴウ)のように逐電しようと思った。
少しばかりの荷物をまとめ、女学生の通過した道をたどり城内に行こうとした。
しかし、まだ出発しないうちに家人に発覚するところとなった。
このような計画は田舎の人にいわせれば一大事件であったから、
蕭蕭の両手は縛り上げられ、まる一日食物も与えられず台所に放置された。
家中でこの逃走の理由を追及し、ようやく、
今より十年の後、幼夫に与え男の子を産ませ祖先を祀らせるつもりで
あった蕭蕭の腹が、すでに他の男によって横取りされ先に種をまかれて
しまっていたことがわかった。
このことは一家の生活の中でまったくのところ尋常でない大事件だった。
一家の平穏な生活はこの新たなできごとのためにすべてめちゃくちゃになった。
怒るものは怒り、泣くものは泣き、罵るものは罵り、
それぞれがその本分に応じててんやわんやの大騒ぎとなった。
首つりか、溺殺か、毒薬の服用か、
禁足となった蕭蕭には、諸事すべてがはてしなく想像された。
結局のところ、まだ年端がゆかないから死なせるのは惜しい
ということで前例に従わないことになった。
そこで祖父が現実に鑑み、賢明な案を思いついた。
蕭蕭を閉じ込めしっかり見張りをつけたうえで、蕭蕭の実家のものを呼び、
しきたりにのっとって「淵に沈める」か「売りに出す」か
を選択させることにした。
蕭蕭の家人はメンツを重視したし、溺死させるのも惜しいということで、
売りにだすことにした。
蕭蕭にはたったひとりの伯父がおり、近隣の村で作男をしていた。
知らせを受けた伯父は、まず使いが酒でも飲んでいるのかと思った。
この面目次第もない事情をようやく呑み込んだとき、
この実直温厚な家長は周章狼狽、どうしてよいかわからなかった。
大きな腹が動かぬ証拠だ。
言う言葉もなかった。
しきたりに照らしたうえの溺殺のほとんどは「子曰」を学んだ族長が
メンツを慮ってひねりだした馬鹿げた処置である。
伯父は「子曰」を学んだことがなかった。
蕭蕭を犠牲にするに忍びず、蕭蕭を妾にやるというなりゆきになった。
これもまた一種の処罰であり、きわめて自然なことのように思える。
しきたりに照らせば、損失を蒙ったのは幼夫の家だが、しかしながら
蕭蕭を売りまとまった金を得ることは、損失の賠償となるのだ。
伯父はこのことを蕭蕭に告げ、立ち去ろうとした。
蕭蕭は伯父の衣服をつかんで放さず、しくしくとすすり泣くばかりであった。
伯父は一度首を振り、何も言わず、そのまま立ち去った。
それからしばらく、人買い目的の人が蕭蕭を求めてやって来ることもなく、
どこか遠くに遣ろうにも買い手はつかず、という事情で、
蕭蕭はしばらくはそのまま幼夫の家にいた。
こうなることは経験からいってわかりきっていたし、田舎のしきたりに
よってもまた何ら重要案件でもなく、ただ処分を待つのみで、
みなはかえってさっぱりとしたものだった。
★「子曰」
「子の、曰(のたまわ)く」。「子、曰(いわ)く」。
(孔)先生がおっしゃった。
『論語』の記述の多くは、この言葉ではじまっています。
すなわち、中国の庶民と儒教は無関係ということです。
ほとんど文盲でしたから。
つづく
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これは メッセージ 672 (ajisai110701 さん)への返信です.
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