紫陽花亭日乗

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Re: 『蕭蕭』     沈従文

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/10/19 20:56 投稿番号: [671 / 735]
  花狗が蕭蕭をたぶらかし、悪事をなしたのは麦の熟する四月のこと。
そして六月になると、李(すもも)の実が熟した。
蕭蕭は生の李を好んで食べるようになった。
自分でも、身体にいささかの変化を感じた。
山で花狗と出遭ったときそのことを花狗に告げ、たずねた。
どうしようか。

しばらく話し合ったが、花狗にはなんの名案も浮かばなかった。
以前、みずからあのとき誓いはしたが、依然として対策はたててなかった。
もともと、こやつはなりが大きいばかりで肝は小さい。
身体が大きければ誤りは犯しやすいが、
肝が小さければ、過誤に対して善処する方法は思いつかない。

そうこうしているうちに、蕭蕭はカサンドウ(大蛇)のような大きなおさげを
いじくりながら、城内(まち)のことを思いついた。蕭蕭は言った。

「花狗(ホアゴウ)にいさん、うちら、城内へ行けば自由だわ。
生活はなんとかなるやろ。どうかしら」

「どうやって?   城内へ行ってどうするんだ? 」

「うち、おなかがめだってきたし」

「薬をさがしてこよう。市(いち)に薬を売っている医者がいる」

「はやく、その薬、買ってきて。   うちは・・・・・」

「おまえは、城内に逃げて自由になりたいと思っているが、それはだめだ。
知り合いはいないし、乞食をするにも掟ってもんがある。
好き勝手にはできない ! 」

「あんたってひとにはには良心がないんだ、あんたのせいよ、
うちは、死んでしまいたい ! 」

「誓って責任をとるから」

「責任をとるとか、とらないとか、うちにとって何のたしになるの、
なんとかして。おなかの中の肉をはやくとってよ。うちは、恐い ! 」

花狗は黙りこくってしまい、しばらくするとそのまま行ってしまった。

ほどなく幼夫がよそから大きなサンザシの実を持って戻ってきた。
蕭蕭が目を真っ赤に泣きはらし、草の上にぽつんと座っているのを見て、
幼夫は不審に思い、ちらと蕭蕭を見てたずねた。

「ねえちゃん、なんで哭いてるの ? 」

「なんでもないよ。ゴミが目の中に入って痛いのよ」

「ぼくが吹いてあげる」

「だいじょうぶ」

「みてみて、こんなものとってきたよ」

幼夫は手にしたもの、と渓で拾ってポケットの中にしまってきた
ドブガイや小石のありったけを蕭蕭の前に並べてみせた。
蕭蕭は涙に濡れた目でぐるりと見回し、無理やり笑顔をつくり言った。

「弟弟(ディーディ)、うちら、仲良しだよねえ。
ねえちゃんが哭いていたことを家の人に言っちゃだめよ。
家の人に言ったら、ねえちゃん怒るよ ! 」

その後もこのことは、家人の誰ひとり知るものはなかった。



★城内(まち)
都市国家のなごりで、古代より人の居住するところは城壁でかこまれていました。
農村からみれば、城内は都会であり繁華街です。

★医者
原文は「郎中」。
方言で、漢方医のこと。


つづく

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