Re: 白髪三千丈
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/10/12 22:38 投稿番号: [650 / 735]
>国語とされているペキン語にだけ入聲がないのは、ペキン語が中国にオ
リジンを持つ言語でなく、満州民族の言語だった証拠になりそうで、<
これは誤りであると思います。
なぜなら、入声は嘗てたしかに支那に存在したものであることは、
日本語にフ・ク・ツ・チ・キで終る音があることからも明白です。
時代の流れとともに、だんだんと消滅してしまったのです。
ただ何度も言うように、日本語の音は古代漢語の発音を正確にうつしたものでは
ありません。
フ・ク・ツ・チ・キにしたって、fu. ku. tu. ti. ki というように、
日本語の発音では必ず母音で終わりますが、漢語はそうではありません。
英語の発音を思い浮かべてみれば、これがかなりの差異であることは明確です。
清朝は満洲族の征服王朝であり、公用語も漢語・満洲語の両方が使用されて
いましたし、北京語の広い均質性については、地理的事実・歴史的要因・
制度的要因を総合的にとらえてみなければならない。
なによりも人間の移動・移住によるものが大きいと思います。
すべての方言に入声が残っているかどうかは、
方言のすべてを一つ一つ確認したことがないので確たることは言えませんが、
多くの方言に残っていることは事実と思います。
たとえばベトナムに行ったとき、「徳」を「タク」というように発音していたのを
聞いたことがあります。
北京語はたしかに満洲語の影響を大きく受けてはいますが、影響を受けているのは
満洲語だけではなく、ウイグル語やモンゴル語やきっと他にも影響を受けている
ものと考えます。
それから、正確には「満州」ではなく「満洲」です。
いやしくも中国語や中国文学について一家言ある人の使う字ではありません。
明が火徳の王朝であったために、火に勝つためにホンタイジは民族名を満満洲、
国名を清とみなサンズイをつけて水徳の王朝であることを示しました。
日本が満洲と呼び出したのは明治以後で、江戸時代には韃靼といっていました。
つづく
これは メッセージ 649 (unhoo さん)への返信です.
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