Re: 永井荷風 『断腸亭日乗』
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/02 20:57 投稿番号: [5 / 735]
★このトピのタイトル「紫陽花亭日乗」は、『断腸亭日乗』をまねしたものです。
この場合の「乗」とは「記録」のことで「日乗」は「日々の記録」すなわち
「日記」、ネットでいえばブログにあたります。
なんと、「紫陽花亭日乗」のトピをたちあげたところへ、この「産経抄」の
記事でした。
『断腸亭日乗』は、大正6年39歳のときから昭和34年81歳4月29日の
死の前日にいたるまでの日記です。
もとは単なる日記のつもりだったでしょうが、荷風がこの『断腸亭日乗』は
作品になると気づいたのは、書きはじめて17年目の昭和8年のことらしい。
――『あめりか物語』も『腕くらべ』も、あるいはほろびるであろう。
しかしこの日記は、永遠の生命を保つわが最高の作にすることができる。
そのかわり、死ぬまでかかる息の長いしごとだ。
完結の姿を自分が見ることはかなわない。
以後荷風は『断腸亭日乗』と題する作品の主人公となるが、
一方でそれをかたわらより観察、描写するもうひとりの自分がいることになる。
死の年昭和34年にはいると、体力の衰えとともに記事内容は極端に少なくなり、
ほとんど日づけと天気の羅列になる。
荷風の体力の衰えを知ることのできる記述は、外食する食堂の遠近である。
昭和34年の記述をみてみると、荷風は千葉県市川に住んでいたが、
体力が残存しているときには連日浅草まで昼食をとりに行く。
それが3月にはいると市川駅前の飯屋にかわる。
そして4月には、上述のとおり、日づけと天気の記述の羅列のみ、
すでに外出する体力はなくなり、あとは病臥して死を待つのみ。
手伝いにきていたおばさんが、4月30日朝、死んでいる荷風を発見した。
死因は心臓麻痺だったらしい。
『断腸亭日乗』はひとつの作品であるが、主人公の身の上に起こることを
作者が左右することはできない。
『断腸亭日乗』のクライマックスは、昭和20年敗戦の年の記録である。
3月9日夜半の空襲
5月25日東京大空襲
8月15日玉音放送は移動の車中にあって知らず、夜はじめて知る。
荷風の身に生じた最も俗な事件は、昭和27年の文化勲章受賞である。
荷風このときすでに74歳、年甲斐もなくいきがって拒絶してみせ大向こうの
受け狙いととられるよりは、苦笑しつつ世俗の栄誉を温順に受け入れるほうを
選択したと思われる。
★以上、永井荷風『断腸亭日乗』については、
高島俊男『お言葉ですが・・・』第⑪巻, 連合出版「断腸亭日乗」を参考に
しました。他に同じ本に「声の荷風」という項目もあります。
内容について「産経抄」と少し異同があります。
つづく
この場合の「乗」とは「記録」のことで「日乗」は「日々の記録」すなわち
「日記」、ネットでいえばブログにあたります。
なんと、「紫陽花亭日乗」のトピをたちあげたところへ、この「産経抄」の
記事でした。
『断腸亭日乗』は、大正6年39歳のときから昭和34年81歳4月29日の
死の前日にいたるまでの日記です。
もとは単なる日記のつもりだったでしょうが、荷風がこの『断腸亭日乗』は
作品になると気づいたのは、書きはじめて17年目の昭和8年のことらしい。
――『あめりか物語』も『腕くらべ』も、あるいはほろびるであろう。
しかしこの日記は、永遠の生命を保つわが最高の作にすることができる。
そのかわり、死ぬまでかかる息の長いしごとだ。
完結の姿を自分が見ることはかなわない。
以後荷風は『断腸亭日乗』と題する作品の主人公となるが、
一方でそれをかたわらより観察、描写するもうひとりの自分がいることになる。
死の年昭和34年にはいると、体力の衰えとともに記事内容は極端に少なくなり、
ほとんど日づけと天気の羅列になる。
荷風の体力の衰えを知ることのできる記述は、外食する食堂の遠近である。
昭和34年の記述をみてみると、荷風は千葉県市川に住んでいたが、
体力が残存しているときには連日浅草まで昼食をとりに行く。
それが3月にはいると市川駅前の飯屋にかわる。
そして4月には、上述のとおり、日づけと天気の記述の羅列のみ、
すでに外出する体力はなくなり、あとは病臥して死を待つのみ。
手伝いにきていたおばさんが、4月30日朝、死んでいる荷風を発見した。
死因は心臓麻痺だったらしい。
『断腸亭日乗』はひとつの作品であるが、主人公の身の上に起こることを
作者が左右することはできない。
『断腸亭日乗』のクライマックスは、昭和20年敗戦の年の記録である。
3月9日夜半の空襲
5月25日東京大空襲
8月15日玉音放送は移動の車中にあって知らず、夜はじめて知る。
荷風の身に生じた最も俗な事件は、昭和27年の文化勲章受賞である。
荷風このときすでに74歳、年甲斐もなくいきがって拒絶してみせ大向こうの
受け狙いととられるよりは、苦笑しつつ世俗の栄誉を温順に受け入れるほうを
選択したと思われる。
★以上、永井荷風『断腸亭日乗』については、
高島俊男『お言葉ですが・・・』第⑪巻, 連合出版「断腸亭日乗」を参考に
しました。他に同じ本に「声の荷風」という項目もあります。
内容について「産経抄」と少し異同があります。
つづく
これは メッセージ 4 (ajisai110701 さん)への返信です.
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