Re: 「中国」とは何か
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/08 02:44 投稿番号: [450 / 735]
>唐代の中国人に、日本が東夷のうちでも想像を絶するほど遠い、
という意識があったことは以下の詩からも想像できます。<
上記の部分を削除しておくのを忘れました。
あらためて、以下の詩を UP しておきます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
送秘書晁監還日本国 王維(盛唐・701〜761)
秘書晁監(チョウカン)の日本国に還るを送る
積水不可極 積水 極(きわ)む可からず
安知滄海東 安(いずく)んぞ滄海の東を知らんや
九州何處遠 九州 何(いず)れの処(ところ)か遠き
萬里若乘空 万里 空に乘ずるが若し
向國惟看日 国に向かって惟だ日を看(み)
歸帆但信風 帰帆は但だ風に信(まか)すのみ
鰲身映天鄢 鰲身(ゴウシン)は天に映じて鄢く
魚眼射波紅 魚眼は波を射て紅(くれない)なり
郷樹扶桑外 郷樹(キョウジュ)は扶桑の外
主人孤島中 主人は孤島の中(うち)
別離方異域 別離 方(まさ)に域を異にす
音信若爲通 音信(インシン) 若爲(いかん)ぞ通ぜんや
水また水はどこまで続くのか
青海原の東は知りようもない
中国の外にあるというの九つの世界のうち、
どこが遠いかといえば、それは君の帰る日本
万里のかなた、まるで虚空に浮かんでゆくようだろう
故国に向かう船は、ひたすら日の昇るかたへと
風にまかせて進むほかはあるまい
仙山を背負うという大海亀が天空の逆光を浴びて黒い巨躯を現し
長さ千里という大魚の目の光が波濤を赤く染めることもあるのではないか
君の故郷の樹々は、太陽が昇り立つ扶桑の木のさらに向う
そのさいはての孤島に君はゆくのだ
ここで別れてしまえば、もはや別々の世界
どうして、たよりを通わせたらよいのだろうか
★阿倍仲麻呂は717年、唐に留学、詩才によって玄宗皇帝の寵愛を受け、
晁衡(晁は朝の古字)という中国名で秘書省の監(長官)に任ぜられた。
これはその帰国を送る詩。しかし仲麻呂は、船が難破したため、ふたたび
長安に舞いもどり、ついに帰国を果たさず、唐にあること五十余年、長安で歿した。
★九州・・・中国の外の九つの世界。戦国時代の学者鄒衍の説による。
★鰲・・・大海亀。東海の五つの仙山を十五頭で支えている。
★扶桑・・・東の果て、日の昇る処に生えている神木。転じて日本の呼称。
★参照・・・李白「哭晁衡詩」
★松枝茂夫『中国名詩選』中, 岩波文庫
================================================================ =
◆九州について
禹の九州、すなわち中国は世界ではただ一つの州に過ぎず、それが九つ
あって真の九州といい、一つの区劃をなし、さらにそれが九つあって
天地をかたちつくっているので、つまり中国は八十一分の一に過ぎない
という説を、鄒衍という学者が孟子の後から出て唱えたことが、
『史記』の孟子・荀卿列伝に見えている。
上記の説明は、齋藤<日向>『唐詩選』上, 集英社, 漢詩大系6 より
.
という意識があったことは以下の詩からも想像できます。<
上記の部分を削除しておくのを忘れました。
あらためて、以下の詩を UP しておきます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
送秘書晁監還日本国 王維(盛唐・701〜761)
秘書晁監(チョウカン)の日本国に還るを送る
積水不可極 積水 極(きわ)む可からず
安知滄海東 安(いずく)んぞ滄海の東を知らんや
九州何處遠 九州 何(いず)れの処(ところ)か遠き
萬里若乘空 万里 空に乘ずるが若し
向國惟看日 国に向かって惟だ日を看(み)
歸帆但信風 帰帆は但だ風に信(まか)すのみ
鰲身映天鄢 鰲身(ゴウシン)は天に映じて鄢く
魚眼射波紅 魚眼は波を射て紅(くれない)なり
郷樹扶桑外 郷樹(キョウジュ)は扶桑の外
主人孤島中 主人は孤島の中(うち)
別離方異域 別離 方(まさ)に域を異にす
音信若爲通 音信(インシン) 若爲(いかん)ぞ通ぜんや
水また水はどこまで続くのか
青海原の東は知りようもない
中国の外にあるというの九つの世界のうち、
どこが遠いかといえば、それは君の帰る日本
万里のかなた、まるで虚空に浮かんでゆくようだろう
故国に向かう船は、ひたすら日の昇るかたへと
風にまかせて進むほかはあるまい
仙山を背負うという大海亀が天空の逆光を浴びて黒い巨躯を現し
長さ千里という大魚の目の光が波濤を赤く染めることもあるのではないか
君の故郷の樹々は、太陽が昇り立つ扶桑の木のさらに向う
そのさいはての孤島に君はゆくのだ
ここで別れてしまえば、もはや別々の世界
どうして、たよりを通わせたらよいのだろうか
★阿倍仲麻呂は717年、唐に留学、詩才によって玄宗皇帝の寵愛を受け、
晁衡(晁は朝の古字)という中国名で秘書省の監(長官)に任ぜられた。
これはその帰国を送る詩。しかし仲麻呂は、船が難破したため、ふたたび
長安に舞いもどり、ついに帰国を果たさず、唐にあること五十余年、長安で歿した。
★九州・・・中国の外の九つの世界。戦国時代の学者鄒衍の説による。
★鰲・・・大海亀。東海の五つの仙山を十五頭で支えている。
★扶桑・・・東の果て、日の昇る処に生えている神木。転じて日本の呼称。
★参照・・・李白「哭晁衡詩」
★松枝茂夫『中国名詩選』中, 岩波文庫
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◆九州について
禹の九州、すなわち中国は世界ではただ一つの州に過ぎず、それが九つ
あって真の九州といい、一つの区劃をなし、さらにそれが九つあって
天地をかたちつくっているので、つまり中国は八十一分の一に過ぎない
という説を、鄒衍という学者が孟子の後から出て唱えたことが、
『史記』の孟子・荀卿列伝に見えている。
上記の説明は、齋藤<日向>『唐詩選』上, 集英社, 漢詩大系6 より
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これは メッセージ 445 (ajisai110701 さん)への返信です.
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