支那は差別語ではありません
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/06 23:46 投稿番号: [444 / 735]
★以下は、わたしが他トピに投稿したものです。
こちらに保存しておきます。
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シナという言葉は、秦・Qin からきています。
支那という字は、ただの当て字です。
シナといって悪いのなら、茶・tea・チャイ・チノパン等全部アウトです。
シナそば、シナチクと言っちゃいけないんですか。
シナが悪くて、チャイナやチャイニーズならいいというのはヘンです。
同じなんですから。
チャイナやチャイニーズもすべて禁止したらいいでしょう。
バカじゃないですか。
「相手が嫌うから言わないほうがいい」とは、わたしも嘗て学生時代に
教授に言ったセリフでしたが、こっぴどく叱られましたよ。
無条件で相手に迎合してはいけないのです。一事が万事なのです。
そういう申し入れがあり、外交の場で公式文書で使用しないということはあります。
けれども、われわれ一般庶民がそれに拘束されることはないのです。
そこを間違えないように。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
尊重と迎合ばかりではありません。
何も考えない、即ち価値判断などしないで使用するということもあるのです。
なぜ二者択一なのか。決めてかかるのか。そこがあなたの限界です。
支那人が自分たちのことを中国人と呼称するようになったのは、戦後のことです。
それまでは支那人自身も自分たちの国を支那といい、
自分たちを支那人といっていました。
それは、チンさんをチンさんというのと同じ、日本でいえば田中さんを
田中さんと呼ぶ、しごく当たり前のことでした。
かの魯迅も郁達夫も、自分の国を支那といい、自分を支那人といい、
そのように書きました。
シナというのがいけないのなら、現在「しにか」という雑誌が発行されて
いますが、それに抗議でもなさったらどうですか。
笑いものになって一蹴されるだけでしょう。
フランス語のシーヌ、イタリア語のチーナ、ドイツ語のヒナ、
みなシナと同じですが、これもやめてチョングオといわせますか。
チョングオ「中国」という発音からは、チャンコロという言葉を連想しますけど。
あなたは、茶や、チャイナをどうするのか、という質問にお答えになっていません。
答えられないのでしょう。
ただ感情的に屁理屈を並べているだけで、まったく論理的ではありませんね。
それに「支那」という漢字は日本人があてたものではありません。
仏典が中国にもたらされた折りに、中国仏教者たちが、
外国が自分たちのことを「シナ」「シナスタン」と呼んでいるのに、
「支那」「至那」「脂那」等の字をあてたものです。
『宋史』にも「支那皇帝」の文字が見えます。
日本に「支那」の文字が入ってきたのは平安時代、空海の詩に見えます。
『平家物語』にも出てくる、たいへん由緒ある言葉なのです。
それは、ただ無機的な名称というだけであって、尊称でもなければ、
蔑称でもありません。
中国は代々国号を王朝名で呼んでいて、他国から客観的に呼ばれる場合の
名称は支那であって、なんらさしつかえがなかったのです。
何をどうトチ狂ったか知らないけれど、日本にのみ「シナ」と呼ぶなという
尊大なご支持があった、おかしいじゃないですか。
全世界に同時に要求するならまだわかりますけどね。
「女の一生」というお芝居があります。
女主人公が、明治大正の時代背景の中で、「中国」を連呼する、
この過去改変をもって、迎合といわずして何というのでしょうか。
津田左右吉などは、日本政府が中華民国の要求を受け入れて「支那」を
「中国」と呼称するようになった、そのことについて敢然と批判をしておられます。
はじめは、相手方の見る外交文書だけで、国内では相変わらず支那といって
いましたが、現在では一民間人が支那といったと非難する大ばか者が
したり顔に出てくる、この卑しさ、醜さは救いようがありませんね。
あなたは津田左右吉を超越する理論が打ち立てられるのでしょうね。
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こちらに保存しておきます。
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シナという言葉は、秦・Qin からきています。
支那という字は、ただの当て字です。
シナといって悪いのなら、茶・tea・チャイ・チノパン等全部アウトです。
シナそば、シナチクと言っちゃいけないんですか。
シナが悪くて、チャイナやチャイニーズならいいというのはヘンです。
同じなんですから。
チャイナやチャイニーズもすべて禁止したらいいでしょう。
バカじゃないですか。
「相手が嫌うから言わないほうがいい」とは、わたしも嘗て学生時代に
教授に言ったセリフでしたが、こっぴどく叱られましたよ。
無条件で相手に迎合してはいけないのです。一事が万事なのです。
そういう申し入れがあり、外交の場で公式文書で使用しないということはあります。
けれども、われわれ一般庶民がそれに拘束されることはないのです。
そこを間違えないように。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
尊重と迎合ばかりではありません。
何も考えない、即ち価値判断などしないで使用するということもあるのです。
なぜ二者択一なのか。決めてかかるのか。そこがあなたの限界です。
支那人が自分たちのことを中国人と呼称するようになったのは、戦後のことです。
それまでは支那人自身も自分たちの国を支那といい、
自分たちを支那人といっていました。
それは、チンさんをチンさんというのと同じ、日本でいえば田中さんを
田中さんと呼ぶ、しごく当たり前のことでした。
かの魯迅も郁達夫も、自分の国を支那といい、自分を支那人といい、
そのように書きました。
シナというのがいけないのなら、現在「しにか」という雑誌が発行されて
いますが、それに抗議でもなさったらどうですか。
笑いものになって一蹴されるだけでしょう。
フランス語のシーヌ、イタリア語のチーナ、ドイツ語のヒナ、
みなシナと同じですが、これもやめてチョングオといわせますか。
チョングオ「中国」という発音からは、チャンコロという言葉を連想しますけど。
あなたは、茶や、チャイナをどうするのか、という質問にお答えになっていません。
答えられないのでしょう。
ただ感情的に屁理屈を並べているだけで、まったく論理的ではありませんね。
それに「支那」という漢字は日本人があてたものではありません。
仏典が中国にもたらされた折りに、中国仏教者たちが、
外国が自分たちのことを「シナ」「シナスタン」と呼んでいるのに、
「支那」「至那」「脂那」等の字をあてたものです。
『宋史』にも「支那皇帝」の文字が見えます。
日本に「支那」の文字が入ってきたのは平安時代、空海の詩に見えます。
『平家物語』にも出てくる、たいへん由緒ある言葉なのです。
それは、ただ無機的な名称というだけであって、尊称でもなければ、
蔑称でもありません。
中国は代々国号を王朝名で呼んでいて、他国から客観的に呼ばれる場合の
名称は支那であって、なんらさしつかえがなかったのです。
何をどうトチ狂ったか知らないけれど、日本にのみ「シナ」と呼ぶなという
尊大なご支持があった、おかしいじゃないですか。
全世界に同時に要求するならまだわかりますけどね。
「女の一生」というお芝居があります。
女主人公が、明治大正の時代背景の中で、「中国」を連呼する、
この過去改変をもって、迎合といわずして何というのでしょうか。
津田左右吉などは、日本政府が中華民国の要求を受け入れて「支那」を
「中国」と呼称するようになった、そのことについて敢然と批判をしておられます。
はじめは、相手方の見る外交文書だけで、国内では相変わらず支那といって
いましたが、現在では一民間人が支那といったと非難する大ばか者が
したり顔に出てくる、この卑しさ、醜さは救いようがありませんね。
あなたは津田左右吉を超越する理論が打ち立てられるのでしょうね。
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これは メッセージ 443 (ajisai110701 さん)への返信です.
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