「支那」はわるいことばだろうか
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/06 23:44 投稿番号: [443 / 735]
わたくしは戦後、新劇『女の一生』の舞台で、杉村春子の扮する女主人公が、
明治大正の古めかしい装置のなかで「中国」「中国」を連発するのを見て、
一種異様な圧迫感を感じたのを覚えている。
それはまさしくジョージ・オーウェル的世界で、何かファナティックな勢力が、
丸いまげを結って地味な和服を着た女の口をかりて、「誰も『支那』などと
言ったことはない。正しい日本人は昔から『中国』と言ってきたのだ」
と叫び立てていた。
思えばの『女の一生』あたりが、日本人の「過去改変」のはしりだったのだろう。
魯迅は、日本語で話す時は自分の国を「支那」と言い、自分を「支那人」と
言ったし、日本語で文章を書く際も同様であった。
これは、英語のできる中国人が自分の国を China と言い、みずからを
Chinese と言うのと同じことなのである。
★以上、高島俊男『本が好き、悪口言うのはもつと好き』大和書房、
<「支那」はわるいことばだろうか> より。
★支那という言葉が日本に入ってきたのは平安時代だそうです。
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これは メッセージ 442 (ajisai110701 さん)への返信です.
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