Re: 佛説阿彌陀經
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/15 15:18 投稿番号: [318 / 735]
★鳥は輪廻では畜生ではあるが、
極楽にいる鳥も悪い因果で畜生に生まれたのか、という疑問に答えます。
舎利弗、汝勿謂此鳥實是罪報所生。所以者何。彼佛國土、無三惡趣。
舎利弗、其佛國土、尚無三惡道之名。何況有實。
是諸衆鳥、皆是阿彌陀佛、欲令法音宣流變化所作。
舎利弗よ、
汝この鳥は實にこれ、罪報の所生(しょしょう)なりと謂うこと勿(なか)れ。
所以(ゆえ)は何(いか)に。
彼の佛國土には、三惡趣(さんまくしゅ)無ければなり。
舎利弗よ、
其の佛國土には、尚(なお)三惡道(さんまくどう)の名無し。
何(いか)に況(いわ)んや實有らんや。
この諸衆(もろもろ)の鳥は、皆是れ阿彌陀佛の、法音を宣流(せんる)
せしめんと欲したもう變化(へんげ)の所作なり。
舎利弗よ、
おまえは、極楽まで行っても畜生に生まれ変わった鳥が鳴いているのか、
とそんなふうに思うなよ。
實にこれは、前世の罪の報いが生みだしたものと考えてはいけない。
なぜそういえるのか。それは、
もともと極楽には、餓鬼、地獄、畜生の三つの悪い世界が無いからだ。
舎利弗よ、
其の極楽には、尚(なお)三悪道の概念、言葉がないからだ。
そういう言い方さえないのだから、実態のあろうはずがない。
すなわち、
いったん極楽に行けば餓鬼、地獄、畜生界に行くことは絶対にない。
これらの極楽のさまざまな鳥は、みな、阿彌陀佛が、仏法の教えを
広めたいと思う、それが変化(へんげ)して鳥の声になっているのだ。
舎利弗、彼佛國土、微風吹動、諸寶行樹及寶羅網、出微妙音。
譬如百千種樂、同時倶作。 聞是音者、皆自然生念佛念法念僧之心。
舎利弗、其佛國土、成就如是功徳莊嚴。
舎利弗よ、
彼の佛國土には、微風(みふう)吹動(すいどう)し、
諸々(もろもろ)の寶行樹(ほうごうじゅ)及び寶羅網(ほうらもう)は、
微妙(みみょう)の音(こえ)を出す。
譬えば百千種の樂を、同時に倶に作すが如し。
この音(こえ)を聞く者は、皆自然(じねん)に念佛・念法・念僧の心を生ず。
舎利弗よ、其の佛國土には、是(かく)の如きの功徳の莊嚴(しょうごん)を
成就せり。
舎利弗よ、
あの極楽には、微(かす)かな風がそよそよと吹き、すべての宝物のような
並木樹及び宝物のような天上にかかった網。
樹木は風にさやさやとそよぎ、網の鈴がチリチリと鳴って
えもいわれぬ美しい音をたてる。
たとえてみれば、百種類・千種類のありとあらゆる音楽を
同時に演奏したかのようである。
この極楽で聞こえる美しい音楽のような自然の音、
これを聞くものはみな自然に、仏のことを念(おも)い、
仏法を念(おも)い、仲間と仲良くするその心が生ずる。
舎利弗よ、
この極樂は、このようにたいへん優れた功紱に満ち溢れているのだ。
つづく
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極楽にいる鳥も悪い因果で畜生に生まれたのか、という疑問に答えます。
舎利弗、汝勿謂此鳥實是罪報所生。所以者何。彼佛國土、無三惡趣。
舎利弗、其佛國土、尚無三惡道之名。何況有實。
是諸衆鳥、皆是阿彌陀佛、欲令法音宣流變化所作。
舎利弗よ、
汝この鳥は實にこれ、罪報の所生(しょしょう)なりと謂うこと勿(なか)れ。
所以(ゆえ)は何(いか)に。
彼の佛國土には、三惡趣(さんまくしゅ)無ければなり。
舎利弗よ、
其の佛國土には、尚(なお)三惡道(さんまくどう)の名無し。
何(いか)に況(いわ)んや實有らんや。
この諸衆(もろもろ)の鳥は、皆是れ阿彌陀佛の、法音を宣流(せんる)
せしめんと欲したもう變化(へんげ)の所作なり。
舎利弗よ、
おまえは、極楽まで行っても畜生に生まれ変わった鳥が鳴いているのか、
とそんなふうに思うなよ。
實にこれは、前世の罪の報いが生みだしたものと考えてはいけない。
なぜそういえるのか。それは、
もともと極楽には、餓鬼、地獄、畜生の三つの悪い世界が無いからだ。
舎利弗よ、
其の極楽には、尚(なお)三悪道の概念、言葉がないからだ。
そういう言い方さえないのだから、実態のあろうはずがない。
すなわち、
いったん極楽に行けば餓鬼、地獄、畜生界に行くことは絶対にない。
これらの極楽のさまざまな鳥は、みな、阿彌陀佛が、仏法の教えを
広めたいと思う、それが変化(へんげ)して鳥の声になっているのだ。
舎利弗、彼佛國土、微風吹動、諸寶行樹及寶羅網、出微妙音。
譬如百千種樂、同時倶作。 聞是音者、皆自然生念佛念法念僧之心。
舎利弗、其佛國土、成就如是功徳莊嚴。
舎利弗よ、
彼の佛國土には、微風(みふう)吹動(すいどう)し、
諸々(もろもろ)の寶行樹(ほうごうじゅ)及び寶羅網(ほうらもう)は、
微妙(みみょう)の音(こえ)を出す。
譬えば百千種の樂を、同時に倶に作すが如し。
この音(こえ)を聞く者は、皆自然(じねん)に念佛・念法・念僧の心を生ず。
舎利弗よ、其の佛國土には、是(かく)の如きの功徳の莊嚴(しょうごん)を
成就せり。
舎利弗よ、
あの極楽には、微(かす)かな風がそよそよと吹き、すべての宝物のような
並木樹及び宝物のような天上にかかった網。
樹木は風にさやさやとそよぎ、網の鈴がチリチリと鳴って
えもいわれぬ美しい音をたてる。
たとえてみれば、百種類・千種類のありとあらゆる音楽を
同時に演奏したかのようである。
この極楽で聞こえる美しい音楽のような自然の音、
これを聞くものはみな自然に、仏のことを念(おも)い、
仏法を念(おも)い、仲間と仲良くするその心が生ずる。
舎利弗よ、
この極樂は、このようにたいへん優れた功紱に満ち溢れているのだ。
つづく
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これは メッセージ 316 (ajisai110701 さん)への返信です.
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