紫陽花亭日乗

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Re: 刺客列傳 第五話 「荊軻」 承の段 

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/07 01:58 投稿番号: [275 / 735]
それから荊軻は太子と会見し、田光の死を告げ、光の遺言を伝えた。
太子は再拝して跪き、謹んで膝で進み涙を流した。
そしてしばらくたってこのように言った。

「丹が田先生に『口外しないでください』と誡めた理由は、
大事の謀(はかりごと)を成就させたいと思ったからこそです。
それなのに、田先生は死を以て口外しなかったことを明白にされました。
けれどもこの丹の心づもりは、そんなことではありませんでした」

荊軻が所定の位置に着席した。
太子はへりくだって自分の席を避け頓首して言った。

「田先生は、わたしの不肖を知らず、あなたと会見でき、
あなたに厚かましいお願いができるよう取り計らってくださいました。

このことは、天が燕を哀れみ、わたしを見捨てないという証拠です。

今、秦には利を貪る意図が有って、その欲望には限りがありません。
天下の地をあまねく自分のものとし、この世の王という王者を
すべて臣下とするまでは、その貪欲は満足することはないでしょう。

今や秦はすでに韓王を虜(とりこ)にし、その領土をことごとく秦に
組み入れ、また南方に出兵して楚を伐ち、北進して趙に迫り、
王翦(おうせん)は数十萬の大軍を將(ひき)いてショウ・ギョウを制圧し、
そして李信は太原・雲中に出征しています。

趙が秦の侵攻を支え防ぎきれなくなれば、必ず秦に降って臣従するでしょう。
趙が秦に臣従すれば、当然禍は燕にまで届きます。
燕は弱小国であり、これまでにもしばしば兵禍に苦しみました。

今いろいろ考えてみるに、
全国力を舉げても秦と交戦するだけの力はありません。

諸侯はみな秦に服従して、
敢えて合從して秦にあたろうとするものもおりません。


★頓首・・・頭を床に打ちつけんばかりの丁寧なお辞儀です。


★孤・・・この世にたった一人しかいない人。
従って一般的には君主が自分自身を指す言葉なのですが、この場合
太子丹は自分のことを「孤」と言っています。

このとき丹はまだ太子であって燕王ではありませんが、国政をまかされて
いたということで僭称して「孤」を名乗ったのであろう、
と注釈「索隠」に出ています。

また「孤」とは「父を亡くした子」という意味もありますが、
このとき丹の父である燕王は健在です。

あるいは「孤立した者」と解しても意味は通じます。

宮崎市定『史記を語る』岩波文庫、参照


★「必入臣。入臣、則禍至燕。燕小弱、・・・」
「必ず入りて臣たらん。入りて臣たらば、則ち禍、燕に至らん。
燕は小弱にして・・・」

「入臣。入臣」「燕。燕」にご注目ください。
こういうテクニックを「含尾式・がんびしき」といいます。
非常にリズミカルですね。

戦国時代に諸国を渡り歩き、口先三寸での出世を夢見た
縦横家(しょうおうか)がよく使った説得のテクニックです。


つづく

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