紫陽花亭日乗

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詠史 六     左太沖(左思)

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/03 21:06 投稿番号: [253 / 735]
詠史   六         左太沖(左思)(西晋・250?〜305?)

荊軻飮燕市       荊軻は燕市に飲み
酒酣氣益震       酒酣(たけなわ)にして氣は益々震う
哀歌和漸離       哀歌して漸離に和し
謂若傍無人       謂(おも)うに傍(かたわら)に人無きが若し
雖無壯士節       壯士の節無しと雖(いえど)も
與世亦殊倫       世とまた倫を殊(こと)にす
高眄●四海       高眄(こうべん)して四海に●(ばく)たり
豪右何足陳       豪右(ごうゆう)何ぞ陳(の)ぶるに足らん
貴者雖自貴       貴者は自(みずか)ら貴ぶと雖(いえど)も
視之若埃塵       これを視(み)ること埃塵(あいじん)の若し
賤者雖自賤       賤者は自(みずか)ら賤(いや)しむと雖(いえど)も
重之若千鈞       これを重んずること千鈞(せんきん)の若し

●「しんにょう」+「貌」     バク

荊軻は   燕の盛り場で   酒をあおり
酔いのまわるにつれ   気勢をあげた
悲愴な歌を   漸離の琴にあわせて   うたい
まわりの人に   何のきがねも   しなかった
壮士としての   節は貫けなかったが
世人とは   かけはなれた事を   しとげた
まなざしは   四海はるかに   見とおし
豪族どもも   足もとに   寄りつけなかった
貴人は   おのれを貴(たか)しとするが
まるで塵か   あくたの如くに   見なし
賤者は   おのれを賤(いや)しとするが
まるで   千鈞(せんきん)の重石(おもし)の如く   重んじた


★「壮士としての   節は貫けなかった」というのは
「匹夫の勇者」であったということです。

★荊軻は貴人を塵芥のようにみなし、また狗屠のような卑賤の者を
重視した、といっています。

★千鈞(せんきん)・・・「鈞」は重さの単位。
「一鈞」は「三十斤」。当時の一斤は二百五十グラム。

★書き下し文
内田泉之助・網祐次『文選・詩篇』上, 明治書院, 新釈漢文大系 14
一部かなづかい等、変えてあります。

★解釈
伊藤正文・一海知義編訳『漢・魏・六朝詩集』平凡社, 中国古典文学大系 16


★左思のエピソード
洛陽の紙価を高む
晋の左思(さし)が『三都賦(さんとのふ)』をつくったところ、
傑作で大評判となり、洛陽の人々が争って書写したため紙の需要増え、
洛陽の紙が不足して、値が高くなったという故事から。
「洛陽為之紙貴」の略。「洛陽の紙価高し」のように用いられ、
著書が好評で盛んに売れることを、この成語で表現します。

古代支那には、好きな男に女性が果物を投げるという習慣があり、
『詩経』にも有名な詩があります。
友人の潘岳が美男で女性にモテモテだったのにひきかえ、
左思が醜男で女性から石や瓦を投げられた、というエピソードもあります。


★三都・・・魏・呉・蜀、三国の都


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