紫陽花亭日乗

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Re: 詠荊軻     陶淵明

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/03 19:51 投稿番号: [248 / 735]
漸離撃悲筑       漸離(ぜんり)は悲筑(ひちく)を撃ち
宋意唱高聲       宋意は高聲を唱ふ
蕭蕭哀風逝       蕭蕭として哀風逝き
淡淡寒波生       淡淡として寒波生ず
商音更流涕       商音(しょういん)に更々(こもごも)涕(なみだ)を流し
羽奏壯士驚       羽奏に壯士驚く

高漸離が筑の筝の悲痛な調べを撃てば
宋意は高い声で歌うのであった
さびしい音を立てて哀しい風が過ぎ
淡く澄んだ易水の面にさむざむと波が生ずる
商調の澄み通った悲しい音曲に交わるがわる皆涙を流し
羽調の奏楽の音にますら男も胸さわぐ思いであった


心知去不歸       心に去って歸らざるを知る
且有後世名       且(まさ)に後世の名有らんとす
登車何時顧       車に登れば何(いづれ)の時か顧みん
飛蓋入秦庭       蓋を飛ばして秦庭に入る
凌窅越萬里       凌窅(りょうれい)として萬里を越え
逶●過千城       逶●(いい)として千城を過ぐ

●「しんにょう」+「施」の右「ツクリ部分」

彼は心の中では一たび去っては生きて帰れないことを知っていたが
それによって後の世に残る名があるにちがいないと思った
いよいよ車に上っては、いかなる時にあとふり返ることがあろう
ただまっしぐらに車の絹蓋が飛ぶように見える勢いで
秦の朝廷へと進んで行くのであった
勢いするどく踏み凌ぎ、万里の山河を乗り越え
うねうねと遠く続く道をたどって、千の都城を打ち過ぎて行くのであった


圖窮事自至       圖(ず)窮(きは)まりて事自(おのづ)から至り
豪主正○營       豪主も正に○營(せいえい)たり
惜哉劔術疎       惜しい哉(かな)   劔術疎にして
奇功遂不成       奇功   遂に成らず
其人雖已没       其の人   已に没すと雖(いへど)も
千載有餘情       千載に餘情有り

○「リッシンベン」+「正」

やがて秦王に目通りし、王にささげる領土の地図の巻物をひろげて
終わりに来たとき、事は自然と起こったのである
地図の中に隠し持った一刀を持ってやにわに王に立ち向かったのであるが、
さすがの豪勇の君主、後の始皇帝もまったくおそれまどったのであった
しかし残念なことに荊軻は劔術が不得手だったのでその場で討たれ
世にもすぐれた手柄は成しとげられなかった
荊軻その人はもう死んでしまったが
千年の後にまでつきない感動を残しているのである



★星川清孝『古詩源』下, 集英社, 漢詩大系 5

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