Re: 『史記』「管晏列傳第二」
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/30 21:04 投稿番号: [224 / 735]
★越石父の段における最後のところ、「晏子於是延入爲上客」、
僕御の段における最後のところ、「晏子薦以爲大夫」をみると、
「上客」が「大夫」であるだけで、まったく同じ構造、結論です。
つまり、越石父に関するエピソードと、御者に関するエピソードは
同じことを言っているのです。
すなわち、ここで司馬遷がいいたいことは、やはり「認知」。
その人間の価値を知って、それにふさわしい地位に就けた晏子を賞賛しています。
司馬遷は、顕さなくてもいい正義感を発揮して、特に親しい間柄でも
なかった李陵をかばって腐刑という屈辱を受けた。
このとき、誰ひとりとして彼の真価を認め彼を庇護してくれる人はいなかった。
主君である武帝も彼の価値をなんら認めなかった。
司馬遷は認知されていなかった。
誰ひとりとして、人を見る目を持った晏子のような人物はいなかった、
という、司馬遷一流のあてこすりなのです。
これは『史記』のなかにしばしばあらわされています。
つづく
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これは メッセージ 223 (ajisai110701 さん)への返信です.
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