Re: 『史記』「管晏列傳第二」
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/30 20:43 投稿番号: [221 / 735]
◆ここから、あとまわしにした『史記』晏子についての記述です。
〔原文〕
晏平仲嬰者、●之夷維人也。事齊靈公・莊公・景公、以節儉力行重於齊。
既相齊。食不重肉、妾不衣帛。其在朝、君語及之、即危言。語不及之、即危行。
國有道即順命、無道即衡命。以此三世顯名於諸侯。
●・・・クサカンムリ
+
「來」
ライ
〔訓読〕
晏平仲嬰は、●(ライ)の夷維の人なり。
齊の靈公・莊公・景公に事(つか)え、節儉力行を以て齊に重んぜらる。
既に齊に相(ショウ)たり。
食に肉を重ねず、妾に帛を衣(き)せず。
其の朝(チョウ)に在るや、君の語これに及べば、即ち危言す。
語これに及ばざれば、即ち危行す。
國に道有らば即ち命に順い、道無ければ即ち命を衡(はか)る。
此(ここ)を以て三世、名、諸侯に顯(あらわ)る。
〔解釈〕
晏平仲嬰は、●(ライ)(山東省)の夷維の人である。
斉の霊公・荘公・景公に仕え、節倹力行の人として斉の国で重んぜられていた。
やがて斉国の宰相となった。
宰相の地位に上って以後も、食事に肉料理は二皿を供せず、
腰元に絹ものを着せなかった。
朝廷に出仕しているときは、主君からお声がかかれば、ただちに言葉をただして答え、
お言葉がなければ行いを正しくしていた。
国政に道理があればただちに君命にしたがい、
道理がなければそこで君命を衡量し慎重に行動した。
このようにして霊公・荘公・景公の三代の主君に仕え、
晏平仲嬰の名は、諸侯のあいだに有名であった。
★晏平仲嬰・・・名は嬰、平は諡、仲は字。
★節儉力行・・・節儉は節約、倹約。力行は努力して実行すること。
★危言危行・・・言葉を正しくし、行いを正しくすること。
つづく
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これは メッセージ 219 (ajisai110701 さん)への返信です.
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