紫陽花亭日乗

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Re: 『史記』「管晏列傳第二」

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/29 21:36 投稿番号: [219 / 735]
「晏子」に入る前に、
孔子の管仲に対する評価をもうひとつ追加しておきます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆『論語』「「巻第七   憲問第十四」


〔原文〕
子貢曰、管仲非仁者與、桓公殺公子糾、不能死、又相之、
子曰、管仲相桓公覇諸侯、一匡天下、民到于今受其賜、微管仲、
吾其被髪左衽矣、豈若匹夫匹婦之爲諒也、自經於溝●而莫之知也、

●・・・「讀」のゴンベンがサンズイの字

〔訓読〕
子貢が曰わく、
管仲は仁者に非ざるか。
桓公、公子糾(キュウ)を殺して、死すること能(あた)わず、又たこれを相(たす)く。
子の曰わく、管仲、桓公を相(たす)けて諸侯に覇たり、天下を一匡(イッキョウ)す。
民、今に到るまで其の賜(シ)を受く。
管仲微(な)かりせば、吾れ其れ髪(ハツ)を被(こうむ)り衽(ジン)を左にせん。
豈に匹夫匹婦の諒(まこと)を為し、自ら溝●(コウトク)に經(くび)れて
知らるること莫きが若(ごと)くならんや。

〔解釈〕
子貢がいった、

「管仲は仁の人ではないでしょうね。桓公が公子の糾(キュウ)を殺したときに、
殉死もできないで、さらに(仇の)桓公を補佐しました。」

先生はいわれた、

「管仲は桓公を補佐して諸侯の旗がしらにならせ、天下をととのえ正した。
人民は今日までもそのおかげをこうむっている。
管仲がいなければ、わたしたちは散ばら髪で襟を左まえにし
(た野蛮な風俗になっ)ていたろう。
とるにたりない男女が義理だてをして首つり自殺でみぞに捨てられ、
だれにも気づかれないで終わるというのと、
(管仲ほどの人が)どうして同じにできようか。」


★吾其被髪左衽矣・・・
実際にたとえば、時代がくだって清のときには異民族支配になって、
髪形は辮髪を強要され衣服のデザインも変化した、
旗袍(チーパオ・チャイナドレス)も、もとは清(満州族)の服。

★2500年前に孔子は、管仲のおかげで異民族の脅威にさらされずにすんだ、
といっています。

★溝●(コウトク)・・・ドブ。みぞ。

★最後のところ、とるにたりない男女の義のための死をたとえにして、
召忽(ショウコツ)の殉死は小義、
管仲が天下国家のためになしたことは大義、であるといっています。


つづく

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