Re: 『史記』「管晏列傳第二」
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/29 21:10 投稿番号: [217 / 735]
◆『論語』「巻第七
憲問第十四」
〔原文〕
子路曰、桓公殺公子糾、召忽死之、管仲不死、曰、未仁乎、
子曰、桓公九合諸侯、不以兵車、管仲之力也、如其仁、如其仁、
〔訓読〕
子路が曰わく、桓公、公子糾(キュウ)を殺す。
召忽(ショウコツ)これに死し、管仲は死せず。
曰わく、未だ仁ならざるか。
子の曰わく、桓公、諸侯を九合して、兵車を以てせざるは、管仲の力なり。
其の仁に如(し)かんや、其の仁に如(し)かんや。
〔解釈〕
子路がいった。
「桓公が公子の糾(キュウ)を殺したとき、召忽(ショウコツ)は殉死しましたが
管仲は死にませんで(仇の桓公に仕えま)した。」「仁ではないでしょうね。」
というと、先生はいわれた、
「桓公が諸侯を会合したとき武力を用いなかったのは、管仲のおかげだ。
(殉死をしなかったことは小さいことで)だれがその仁に及ぼうか。
だれがその仁に及ぼうか。
★公子糾(キュウ)は桓公の兄。
糾は魯に、桓公(小白)は衞に、ともに亡命していて齊の後継争いをしたが
桓公に敗れ死んだ。
管仲も召忽(ショウコツ)も公子糾(キュウ)に傅役として仕えていたが、
召忽は殉死し、管仲は桓公にのりかえた。
★会合・・・会盟。
覇者として諸侯を集め、周天子を中心とする中国の秩序を守った。
九合は糾合に同じ。
★如其仁、如其仁、・・・「ジョキジン」ポイントの三文字。
①其の仁に如(し)かんや、其の仁に如(し)かんや。
「其の」とは何か。諸説あります。
孔安国『論語集解』
誰か管仲の仁に如かんや。其・・・管仲
孔子は上記で、管仲は仁者に決まっている、と言っています。
朱子
管仲の仁は完璧な仁ではないが、管仲のすばらしい仁に及ぶものはいない。
召忽の仁は小さい仁であり、管仲の仁は大きな仁である。
②「其」を、「召忽」であるとする説。召忽の仁とは違う。
③「如」を「奈何」に同じとする、
或いは「何如」(何が欠けている)として、
「いかんぞ其れ仁ならん」または「其の仁をいかん」と読んで、
管仲の仁を許さなかった、という説もある。
日尾荊山(ニチオケイザン)の説。
「どうして仁といえようか、そんなものは仁ではない」
つづく
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これは メッセージ 216 (ajisai110701 さん)への返信です.
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