Re: 『史記』「管晏列傳第二」
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/29 20:59 投稿番号: [215 / 735]
〔原文〕
太史公曰。
吾讀管氏牧民、山高、乘馬、輕重、九府、及晏子春秋。詳哉其言之也。
既見其著書、欲觀其行事。故次其傳。至其書世多有之。是以不論。論其軼事。
管仲世所謂賢臣。然孔子小之。豈以爲周道衰微、
桓公既賢、而不勉之至王、乃稱霸哉。
〔訓読〕
太史公曰く、
吾管氏の牧民、山高、乘馬、輕重、九府、及び晏子春秋を讀む。
詳(つまび)らかなるかな其の之を言ふや。
既に其の著書を見、其の行事(コウジ)を觀(み)んと欲す。
故に其の傳を次(つ)いず。
其の書に至りては世に多く之れ有り。
是の以(ゆえ)に論ぜず。
其の軼事(イツジ)を論ず。
管仲世に所謂(いわゆる)賢臣なり。
然るに孔子は之を小とす。
豈に周道衰微し、桓公既に賢なるに、而(しか)も之を勉(はげ)まして
王に至らしめず、乃ち霸を稱せしめたるを以爲(おもへ)るか。
〔解釈〕
太史公曰く、
「わたしは管氏の著した牧民、山高、乘馬、輕重、九府、及び晏子春秋を読んだ。
その言いかたは非常に詳細な記述がしてある。
その著書を読んで、わたしは管仲と晏子の行った事がらを観察したみたく思った。
そこで彼らの伝を列記した。
彼らの書というのは世間に多く流布されている。
だからそれについてはわざわざ論じない。その軼事(イツジ)を論じた。
管仲は世にいう賢臣である。しかるに孔子は
「管仲之器小哉。(管仲の器は小なるかな。管仲の人物は小さいね)」
と言った。
それは、周道が衰微した時代に、桓公はすでに賢人であったというのに、
主君である桓公を而(しか)もこれを勉(はげ)まして王にまで至らしめず、
霸者と称させたにとどまったことに不満であったのだろうか。
★軼事(イツジ)・・・=逸事。
埋もれてしまって世に知られていない事実や事柄。
つづく
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これは メッセージ 214 (ajisai110701 さん)への返信です.
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