紫陽花亭日乗

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Re: 『史記』「管晏列傳第二」

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/29 20:56 投稿番号: [214 / 735]
〔原文〕
管仲卒。齊国遵其政、常彊於諸侯。後百餘年而有晏子焉。

〔訓読〕
管仲卒(シュツ)す。齊国其の政に遵(したが)い、常に諸侯より彊(つよ)し。
後百餘年にして晏子有り。

〔解釈〕
管仲が死んだ。

が彼の死後も齊の国では、管仲の政治のやりかたを遵守して、
常にほかの諸侯より強大であった。

その後百年あまりして晏子が出現したのである。


★以下、晏子(やはり管仲と同じく齊の宰相)についての記述は
あとまわしにして、論賛「太史公曰」に飛びます。

このあとまわしにしたところに、晏子のことを「節儉力行」と
評価している記述があります。

「節儉」は「物事をほどほどにしてしまりがある」
「無駄な費用をつつしむ」、
「力行」は「つとめて行う」「努力して実行する」という意味です。

管仲の奢侈と対照的な記述です。


★『春秋左氏傳』の二人のヒーロー、あるいは「春秋の五覇」に必ず
数え上げられるのが、「齊桓晉文」といって、齊の桓公と晉の文公(重耳)
のふたりです。

齊の国では管仲が死に、桓公もだんだん年をとって耄碌して判断力が
にぶってくると、かつての覇者たる勢いにかげりが出てきます。
やがて桓公が亡くなると、跡目を狙って五人の有力な公子たちが
一斉に立ち、お家騒動が起こります。
それを武力で鎮圧し、かねて桓公より後見をたのまれていた公子を
即位させたのが、宋の襄公で、この人が次の覇者となります。

その長期間、桓公の屍は誰からもかえりみられず放置され、
やっと納棺にいたったときには、遺骸からわいた蛆が部屋の外まで
這い出てきたそうです。

つづく

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