Re: 『史記』「管晏列傳第二」
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/29 20:40 投稿番号: [213 / 735]
〔原文〕
管仲富擬於公室、有三歸反<土占>。齊人不以爲侈。
〔訓読〕
管仲の富公室に擬し、三歸反<土占>(ハンテン)有るも、
齊人以て侈(シ)と爲さず。
〔解釈〕
管仲の富は、主君の富に匹敵し、邸宅は三つもあり(妻が三人いた)
反<土占>(ハンテン)もあったが、齊の人々は、
それを以て奢侈だとはみなさなかった。
★反<土占>(ハンテン)
諸侯が觴を酌み交わした後、その觴を反して置く場所。
広間の柱と柱の中間にあった。
反<土占>を作ることは諸侯のみに認められていた。管仲は諸侯ではなく
臣下であるから、本当は非難されるべき僭越行為である。
================================================
『論語』「巻第二 八●()イツ巻三」
●・・・「イツ」 にんべん + 「八」、その下に「月」
http://kanbun.info/keibu/rongo00.html
「目次」の一行目右端をご覧下さい。
〔原文〕
子曰、管仲之器小哉、或曰、管仲儉乎、曰、管氏有三歸、官事不攝、
焉得儉乎、然則管仲知禮乎、曰、邦君樹塞門、管氏亦樹塞門、
邦君爲兩君之好、有反<土占>、管氏亦有反<土占>、管氏而知禮、孰不知禮、
〔訓読〕
子(シ)の曰(のたま)わく、管仲の器は小なるかな。
或るひとの曰(い)わく、管仲は倹なるか。
曰(のたま)わく、管氏に三帰あり、官の事は摂(か)ねず、焉(いずく)んぞ倹なるを得ん。
然らば則ち管仲は礼を知るか。
曰(のたま)わく、邦君、樹して門を塞ぐ、管氏も亦た樹して門を塞ぐ。
邦君、両君の好(よしみ)を爲すに反<土占>(はんてん)あり。
管氏も亦た反<土占>あり。
管氏にして礼を知らば、孰(たれ)か礼を知らざらん。
〔解釈〕
先生(孔子)がいわれた。「管仲の人物は小さいね。」
ある人が「管仲は倹約だったのですか。」というと、
「管氏には三つの邸宅があり、家臣の事務もかけもちなしで
(それぞれ専任をおいて)させていた。どうして倹約といえようか。」
「それでは管仲は礼をわきまえていたのですか。」
「国君は目かくしの塀を立てて門をふさぐが、管氏も(陪臣の身でありながら)
やはり塀を立てて門の目かくしにした。国君が二人で修好するときは、
盃をもどす台を設けるが、管氏にもやはり盃をもどす台があった。
管氏でも礼をわきまえているなら、礼をわきまえないものなどだれもなかろう。」
★金谷治訳注『論語』岩波文庫より
★管仲は孔子より 170〜180 年前の人物です。
つづく
3654
3655
管仲富擬於公室、有三歸反<土占>。齊人不以爲侈。
〔訓読〕
管仲の富公室に擬し、三歸反<土占>(ハンテン)有るも、
齊人以て侈(シ)と爲さず。
〔解釈〕
管仲の富は、主君の富に匹敵し、邸宅は三つもあり(妻が三人いた)
反<土占>(ハンテン)もあったが、齊の人々は、
それを以て奢侈だとはみなさなかった。
★反<土占>(ハンテン)
諸侯が觴を酌み交わした後、その觴を反して置く場所。
広間の柱と柱の中間にあった。
反<土占>を作ることは諸侯のみに認められていた。管仲は諸侯ではなく
臣下であるから、本当は非難されるべき僭越行為である。
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『論語』「巻第二 八●()イツ巻三」
●・・・「イツ」 にんべん + 「八」、その下に「月」
http://kanbun.info/keibu/rongo00.html
「目次」の一行目右端をご覧下さい。
〔原文〕
子曰、管仲之器小哉、或曰、管仲儉乎、曰、管氏有三歸、官事不攝、
焉得儉乎、然則管仲知禮乎、曰、邦君樹塞門、管氏亦樹塞門、
邦君爲兩君之好、有反<土占>、管氏亦有反<土占>、管氏而知禮、孰不知禮、
〔訓読〕
子(シ)の曰(のたま)わく、管仲の器は小なるかな。
或るひとの曰(い)わく、管仲は倹なるか。
曰(のたま)わく、管氏に三帰あり、官の事は摂(か)ねず、焉(いずく)んぞ倹なるを得ん。
然らば則ち管仲は礼を知るか。
曰(のたま)わく、邦君、樹して門を塞ぐ、管氏も亦た樹して門を塞ぐ。
邦君、両君の好(よしみ)を爲すに反<土占>(はんてん)あり。
管氏も亦た反<土占>あり。
管氏にして礼を知らば、孰(たれ)か礼を知らざらん。
〔解釈〕
先生(孔子)がいわれた。「管仲の人物は小さいね。」
ある人が「管仲は倹約だったのですか。」というと、
「管氏には三つの邸宅があり、家臣の事務もかけもちなしで
(それぞれ専任をおいて)させていた。どうして倹約といえようか。」
「それでは管仲は礼をわきまえていたのですか。」
「国君は目かくしの塀を立てて門をふさぐが、管氏も(陪臣の身でありながら)
やはり塀を立てて門の目かくしにした。国君が二人で修好するときは、
盃をもどす台を設けるが、管氏にもやはり盃をもどす台があった。
管氏でも礼をわきまえているなら、礼をわきまえないものなどだれもなかろう。」
★金谷治訳注『論語』岩波文庫より
★管仲は孔子より 170〜180 年前の人物です。
つづく
3654
3655
これは メッセージ 212 (ajisai110701 さん)への返信です.
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