紫陽花亭日乗

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獄中作(三首)     橋本佐内

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/23 22:20 投稿番号: [170 / 735]
獄中作(三首)        橋本佐内(1834〜1859)


(一)
苦冤難洗恨難禁       苦冤洗い難く   恨み禁じ難し
俯則悲痛仰則吟       俯しては則ち悲痛   仰ぎては則ち吟ず
昨夜城中霜始殞       昨夜   城中   霜始めて殞(お)つ
誰知松柏後凋心       誰か知らん   松柏   後凋(こうちょう)の心を

全く無実の罪であるのに、その嫌疑を晴らすこともできず、
痛恨の思いを止めがたい
地に俯しても悲痛を嘆き、天を仰いでも胸中の苦しみにうめく日々だ
昨夜は江戸の町にも今年はじめての霜が降りた
寒中の霜を経て他の木々はみな枯れしぼむなかで、
かわらぬ緑をたもち続ける松柏の操を、
誰か分かってくれるものがあるだろうか

★「松柏」は墓木です。


(二)
二十六年如夢過       二十六年   夢の如く過ぐ
顧思平昔感滋多       顧みて平昔を思えば   感   滋(ますます)多し
天祥大節嘗心折       天祥の大節   嘗て心折す
土室猶吟正気歌       土室   猶お吟ず   正気の歌

今日までの二十六年間、歳月は夢のように過ぎてしまった
往時をかえりみれば感慨はいよいよ深い
かねて文天祥の節義には感服してきたものだ
土牢ののなかに囚われの身となっても、
なお昂然と「正気の歌」を吟じていたのだから

★大節・・・元に降伏することなく死刑となっていった文天祥の立派な節義


(三)
欹枕愁人愁夜永       枕を欹(そばだ)てて   愁人   夜の永きを愁う
陰風刺骨拆三更       陰風   骨を刺して   三更を拆(う)つ
皇天憶応憐幽寂       皇天   憶うに応に幽寂(ゆうせき)を憐れむなるべし
一点星華照●明       一点の星華   ●(まど)を照らして明らかなり

●   片(かたへん)十五画のまど・れんじまどという字です。    ユウ

愁い深き囚人は、眠られぬまま枕を斜めにして、
夜明けの遠いことにまた愁いを深めている
北風の冷たさが骨に沁みとおる中、三更を知らせる拆(き)が聞こえる
それでも、天はこの囚人の寂しさを憐れんで下さったのであろう
美しい星がひとつ、窓を照らして輝いている

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★安政六年(1859)の作。二十六歳。
この年十月二日、評定所へ呼び出されて尋問を受けた後、
そのまま伝馬町の獄に下ることを命ぜられた。

十月七日、幕府は佐内に死罪を言い渡し、即日処刑が執行された。

佐内は藩主松平春嶽の指示のままに奔走したのであって、
いわば臣下の本分をつくしたということができ、幕閣の多くも死罪に
相当するような罪状ではないと判断したようだが、大老井伊直弼ひとりの
意向に従って処断されたと伝えられる。

幕府の死罪申し渡し状(『橋本景岳全集』所収)では、一倍臣の身で
ありながら将軍後嗣の決定に関して京都の公家たちに説いてまわったことは
「公儀を憚らざる仕方」で不届きであるということであった。

詩は獄中にある数日の間に作られたもの。


★坂田新『志士』江戸漢詩選, 岩波書店


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