紫陽花亭日乗

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Re: 和文天祥正気歌并序    藤田東湖

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/22 20:43 投稿番号: [160 / 735]
〔原文〕
彪年八九歳、受文天祥正気歌於先君子。先君子毎誦之、引盃撃節、慷慨奮発、
談説正気之所以塞天地、必推本之於忠孝大節、然後止。距今三十餘年。
凡古人詩文、少時所誦、十忘七八。至於天祥歌、則歴歴暗記、不遣一字。
而先君子言容、宛然猶在心目。彪性善病。
去歳従公駕而来也、方患感冒、力疾上途。及公獲罪、彪亦就禁錮。
風窓雨室、湿邪交侵、非衣疏食、飢寒並至。其辛楚艱苦、常人所難堪。
而宿痾頓癒、体気頗佳。睥睨宇宙、叨与古人相期者、蓋資於天祥歌為多。

〔訓読〕
彪、年八九歳、文天祥の正気歌を先君子に受く。

先君子、之を誦する毎に、盃を引き節を撃ち、慷慨奮発し、正気の天地に
塞(み)つる所以を談説して、必ず之を忠孝大節に推本し、然る後止(や)む。
今を距(へだ)つること三十餘年なり。

凡(およ)そ古人の詩文、少時誦する所、十に七八を忘る。
天祥の歌に至りては、則ち歴歴として暗記し、一字を遣(わす)れず。

而して先君子の言容、宛然として猶お心目に在り。

彪、性善く病む。
去る歳(とし)、公の駕に従いて来たるや、
方に感冒を患うも、疾(やまい)を力(つと)めて途(みち)に上る。

公の罪を獲(う)るに及びて、彪も亦た禁錮に就く。
風窓雨室、湿邪交々(こもごも)侵し、非衣疏食、飢寒並び至る。
其の辛楚艱苦、常人の堪え難しとする所なり。

而るに宿痾頓(とみ)に癒え、体気頗る佳なり。
宇宙を睥睨して、叨(みだ)りに古人と相期する者は、
蓋し天祥の歌に資(と)るを多しと為す。

〔解釈〕
私は八九歳の時、文天祥の「正気の歌」を亡き父上から教えられた。
父上がこの詩を吟ずるおりには、いつも酒杯を手にして、
一方で拍子を取り、悲憤慷慨していたものだ。

そして、正気が大地の間に充満するわけを説き、
その正気の源は忠孝の大節に由来することに及んで、話が終わるのであった。

今から三十数年も前のことになる。
だいたい、子供のころに読んでいた古人の詩文は、十のうち七八を忘れてしまって
いるが、文天祥の「正気の歌」だけははっきりと覚えていて、一字も忘れていない。
しかも当時の父上の言葉や容貌までが、そのままに今も胸に留まり目に浮かぶ。

自分は生来病気がちで、去年、水戸公(斉昭)のお供をして江戸へ上る時にも、
ちょうど感冒にかかっていたが、病む身をつとめて旅立ったのである。

やがて水戸公が幕府のお咎めを受けることになってしまい、
私もまた閉門蟄居の身となった。
風が吹きこみ雨が降りこむ居室は、じめじめとして澱んだ空気が入りこんで、
粗衣粗食で過ごす身には飢えと寒さが迫り来る。
その艱難辛苦は、常人の耐えがたいところである。

ところが、年来の病はにわかに癒え。体調はすこぶる佳い。
古今東西を昂然と睨み据えて、我が輩は古えの人傑にも
匹敵するのではないかと愚かにうぬぼれたりするのは、
思えば文天祥の歌を吟唱していたお蔭であるのかもしれない。


つづく

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