Re: 和文天祥正気歌并序 藤田東湖
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/22 20:51 投稿番号: [161 / 735]
〔原文〕
夫天祥値宋社傾覆、身囚於胡虜。実臣子之至変。若彪被幽、則特一時之奇禍。
其事与跡、皆大不同。然古人有云、死生亦大矣。今彪之困阨、既已若此
而人猶或不以慊於意、曰、何不遂賜死。曰、何不早自裁。彪之所以出入於死生間、
亦復如此。而頑乎不変、自信愈厚者、未始不与天祥同也。嗚呼、彪之生死、
固不足道。至於公之進退、則正気之屈伸、神州之汚隆繋焉。
豈特一時奇禍之云乎哉。
〔訓読〕
夫(そ)れ天祥は宋社の傾覆に値(あ)い、身は胡虜に囚わる。実に臣子の至変なり。
彪の幽せらるるが若(ごと)きは、則ち特に一時の奇禍なるのみ。
其の事と跡と、皆大いに同じからず。
然れども古人云う有り、死生も亦た大なり、と。
今、彪の困阨(こんやく)、既に已に此(かく)の若し。
而れども人猶お或いは以て意に慊(あきたら)ずして、曰わく、
何ぞ遂に死を賜わらざる、と。曰わく、何ぞ早く自裁せざる、と。
彪の死生の間に出入する所以(ゆえん)も、亦た復(ま)た此の如し。
而(しか)も頑乎(がんこ)として変せず、自ら信ずること愈々(いょいよ)厚き者は、
未だ始めより天祥と同じからずんばあらざるなり。
嗚呼(ああ)、彪の生死は、固(もと)より道(い)うに足らず。
公の進退に至りては、則ち正気の屈伸、神州の汚隆(おりゅう)、
焉(これ)に繋(かか)る。
豈(あ)に特(ただ)に一時の奇禍とのみ之(これ)云わんや。
〔解釈〕
そもそも文天祥は南宋の滅亡に際会し、その身は胡虜に囚われてしまった。
一国の臣下としては、この上なき変事であった。
自分が幽閉されたことなどは、、単に一時の災難であるに過ぎない。
その状況もその行動も、いずれも大違いである。
しかしながら、古人の語にも「死生は人の大事である」と言い、今のところ、
彪の苦難は上に述べた通りであるが、人々の中にはまだ飽きたらぬとして、
「なにゆえ早く切腹を申し付けられぬのか」、「なにゆえ早く自決せぬのか」と、
言う者もある。
私も死生の間を行き来していることになるというのは、
こうした状況にあるからである。
しかも、その中にあって志をかたくなに変えることなく、
信念をますます強めているのは、まったく文天祥と異なるところはない。
ああ、我が生死などは、もとより言うに足りぬ。
だが水戸公の進退ということになると、これは、正気が伸びるか塞がるか、
日本が栄えるか衰えるかに関わっている。
どうして単に一時の災難に過ぎぬなどと言っておられよう。
つづく
4080
夫天祥値宋社傾覆、身囚於胡虜。実臣子之至変。若彪被幽、則特一時之奇禍。
其事与跡、皆大不同。然古人有云、死生亦大矣。今彪之困阨、既已若此
而人猶或不以慊於意、曰、何不遂賜死。曰、何不早自裁。彪之所以出入於死生間、
亦復如此。而頑乎不変、自信愈厚者、未始不与天祥同也。嗚呼、彪之生死、
固不足道。至於公之進退、則正気之屈伸、神州之汚隆繋焉。
豈特一時奇禍之云乎哉。
〔訓読〕
夫(そ)れ天祥は宋社の傾覆に値(あ)い、身は胡虜に囚わる。実に臣子の至変なり。
彪の幽せらるるが若(ごと)きは、則ち特に一時の奇禍なるのみ。
其の事と跡と、皆大いに同じからず。
然れども古人云う有り、死生も亦た大なり、と。
今、彪の困阨(こんやく)、既に已に此(かく)の若し。
而れども人猶お或いは以て意に慊(あきたら)ずして、曰わく、
何ぞ遂に死を賜わらざる、と。曰わく、何ぞ早く自裁せざる、と。
彪の死生の間に出入する所以(ゆえん)も、亦た復(ま)た此の如し。
而(しか)も頑乎(がんこ)として変せず、自ら信ずること愈々(いょいよ)厚き者は、
未だ始めより天祥と同じからずんばあらざるなり。
嗚呼(ああ)、彪の生死は、固(もと)より道(い)うに足らず。
公の進退に至りては、則ち正気の屈伸、神州の汚隆(おりゅう)、
焉(これ)に繋(かか)る。
豈(あ)に特(ただ)に一時の奇禍とのみ之(これ)云わんや。
〔解釈〕
そもそも文天祥は南宋の滅亡に際会し、その身は胡虜に囚われてしまった。
一国の臣下としては、この上なき変事であった。
自分が幽閉されたことなどは、、単に一時の災難であるに過ぎない。
その状況もその行動も、いずれも大違いである。
しかしながら、古人の語にも「死生は人の大事である」と言い、今のところ、
彪の苦難は上に述べた通りであるが、人々の中にはまだ飽きたらぬとして、
「なにゆえ早く切腹を申し付けられぬのか」、「なにゆえ早く自決せぬのか」と、
言う者もある。
私も死生の間を行き来していることになるというのは、
こうした状況にあるからである。
しかも、その中にあって志をかたくなに変えることなく、
信念をますます強めているのは、まったく文天祥と異なるところはない。
ああ、我が生死などは、もとより言うに足りぬ。
だが水戸公の進退ということになると、これは、正気が伸びるか塞がるか、
日本が栄えるか衰えるかに関わっている。
どうして単に一時の災難に過ぎぬなどと言っておられよう。
つづく
4080
これは メッセージ 160 (ajisai110701 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835412/bbgmdb2vdbffcbeh_1/161.html