紫陽花亭日乗

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Re: 志士の先蹤     坂田新

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/21 22:29 投稿番号: [152 / 735]
  こうして、嘉永六年癸丑の歳が、
十五年後の明治維新へと続く志士の活動の画期となる時点ではあるが、
そうした志士活動の原型となる姿は、もう少し早くから見ることができる。
たとえば、後年の志士たちが幕藩体制の枠を越えて、同士を求めて全国に
周遊し、嗟(なげ)きをともにし憂いをともにする有様は、
早く寛政(1789―1801)の三奇士と呼ばれた林子平・高山赤城(彦九郎)・
蒲生君平の行動がそれであり、しかも三奇士がその感懐を詩歌に託した
時には、すでに幕末の詩と共通する多くのものを含んでいた。

『海国兵談』を著して辺防論の先覚者となる
林子平(1738―93)の「無題」詩にいう。


海外萬国布如星       海外萬国   布(し)いて星の如く
覬覦切奪他刑政       切(しき)りに他(他国)の刑政を奪わんと覬覦(キユ)す
廟堂曾無防辺策       廟堂(政府)曾(かつ)て防辺の策無し
爲説海防済生霊       爲に海防を説いて生霊(万民)を済(すく)わんとす


  また、天皇陵を巡拝して『山陵志』を著し、幕末尊王論の一源流ともなる
蒲生君平(1768―1813)は、やはり古詩「無題」その二にいう。


祭政維非二       祭政(祭祀と政治)は維(こ)れ二なるに非ず
安民在敬神       民を安んずるは敬神に在り
先王廟陵癈       先王   廟陵は癈れ
後世淫祠新       後世   淫祠(仏寺)新たなり
恐擧天孫國       恐らくは天孫の國を擧げて
終爲夷狄人       終に夷狄の人と爲らんかと
我慕清麻呂       我は慕う   清麻呂(和気清麻呂)の
忠肝不顧身       忠肝(忠義の心)   身を顧みざりしを


  同じ君平の「無題」その一に、
「義勇には楠河内(楠木正茂)、英勇には柴筑前(豊臣秀吉)、
二公誰か學可けん、劔に仗って蒼天に問う」
と詠ずるのとあわせて、すでに後年の藤田東湖「文天祥の正氣の歌に和す」
と共通する史観と感慨を見ることができよう。


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★林子平の有名なことば

親も無し   妻無し子無し版木無し   金も無けれど死にたくも無し


命と同じくらい大切な著書の版木すらとりあげられてしまった嘆きです。

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