志士の先蹤 坂田新
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/21 21:00 投稿番号: [150 / 735]
志士の先蹤
坂田新(1949〜2009)
志士という語は、古く『論語』のなかに見ることができる。
『論語』衛霊公篇に孔子のことばとして、
「子曰く、志士仁人は生を求めて以て仁を害うこと無く、
身を殺して以て仁を成す有り」、と。
魏の何晏『論語集解』では、漢の孔安国の注を引いて、
「生を求めて以て仁を害う無く、死して後に仁を成すは、
則ち志士仁人、其の身を愛しまざればなり」、と説明している。
さらに宋の朱子『論語集注』によれば、
「志士は、志有るの士なり」とまずいい、ついで、
「理として当に死すべくして而も生を求むれば、則ち其の心に於いて安んぜず。
是れ其の心の徳を害うなり。当に死すべくして而も死すれば、
則ち心安んじて徳全し」、と。
つまり、死すべき時には安んじて死につき、その当然の死によって徳が全う
できると考えている人々、それが志士だというのである。
つづく
★坂田新『江戸漢詩選』4 「志士」, 岩波書店
★余談ですが、ウィキに坂田新の著書として『白雲悠々』とあるのは、
同姓同名の別人の著作です。
================================================== =
>『論語』衛霊公篇に孔子のことばとして、<
『論語』「巻第八 衛霊公第十五」
〔原文〕
子曰、志士仁人、無求生以害仁、有殺身以成仁、
〔訓読〕
子の曰わく、志士仁人は、、生を求めて以て仁を害すること無し。
身を殺して以て仁を成すこと有り。
〔解釈〕
先生がいわれた、
「志ある人や仁の人は、命惜しさに仁徳を害するようなことはしない。
時には命をすてても仁徳を成しとげる。」
★金谷治訳注『論語』岩波文庫より
==========================================
『論語』「巻第七 憲問第十四」
〔原文〕
或曰、以徳報怨何如、子曰、何以報徳、以直報怨、以徳報徳、
〔訓読〕
或るひと曰く、「徳を以て怨みに報いば何如(いかん)。」
子曰く、「何を以てか徳に報いん。直を以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ。」
★ふと思い出したので、ついでに UP しました。
どうですか、キリストや老子とは全然違います。人間的、常識的でしょう。
〔解説〕
怨みをもった人の加害に対しては正しく真っ直ぐに毅然とした態度で報いよという。
相手の親切や恩義に対しては同じく親切に報いるのである。
悪に対して毅然たる態度をとるというのは、決して容易ではない。
弱い者は泣き寝入りをしながら、神の名を借りて自己の弱さの弁明とするのが
通常よくみられるところである。
★この項は、山下龍二『孔子を語る』上, NHK 出版より
4013
.
志士という語は、古く『論語』のなかに見ることができる。
『論語』衛霊公篇に孔子のことばとして、
「子曰く、志士仁人は生を求めて以て仁を害うこと無く、
身を殺して以て仁を成す有り」、と。
魏の何晏『論語集解』では、漢の孔安国の注を引いて、
「生を求めて以て仁を害う無く、死して後に仁を成すは、
則ち志士仁人、其の身を愛しまざればなり」、と説明している。
さらに宋の朱子『論語集注』によれば、
「志士は、志有るの士なり」とまずいい、ついで、
「理として当に死すべくして而も生を求むれば、則ち其の心に於いて安んぜず。
是れ其の心の徳を害うなり。当に死すべくして而も死すれば、
則ち心安んじて徳全し」、と。
つまり、死すべき時には安んじて死につき、その当然の死によって徳が全う
できると考えている人々、それが志士だというのである。
つづく
★坂田新『江戸漢詩選』4 「志士」, 岩波書店
★余談ですが、ウィキに坂田新の著書として『白雲悠々』とあるのは、
同姓同名の別人の著作です。
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>『論語』衛霊公篇に孔子のことばとして、<
『論語』「巻第八 衛霊公第十五」
〔原文〕
子曰、志士仁人、無求生以害仁、有殺身以成仁、
〔訓読〕
子の曰わく、志士仁人は、、生を求めて以て仁を害すること無し。
身を殺して以て仁を成すこと有り。
〔解釈〕
先生がいわれた、
「志ある人や仁の人は、命惜しさに仁徳を害するようなことはしない。
時には命をすてても仁徳を成しとげる。」
★金谷治訳注『論語』岩波文庫より
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『論語』「巻第七 憲問第十四」
〔原文〕
或曰、以徳報怨何如、子曰、何以報徳、以直報怨、以徳報徳、
〔訓読〕
或るひと曰く、「徳を以て怨みに報いば何如(いかん)。」
子曰く、「何を以てか徳に報いん。直を以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ。」
★ふと思い出したので、ついでに UP しました。
どうですか、キリストや老子とは全然違います。人間的、常識的でしょう。
〔解説〕
怨みをもった人の加害に対しては正しく真っ直ぐに毅然とした態度で報いよという。
相手の親切や恩義に対しては同じく親切に報いるのである。
悪に対して毅然たる態度をとるというのは、決して容易ではない。
弱い者は泣き寝入りをしながら、神の名を借りて自己の弱さの弁明とするのが
通常よくみられるところである。
★この項は、山下龍二『孔子を語る』上, NHK 出版より
4013
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