Re: 正氣歌 文天祥
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/20 21:44 投稿番号: [142 / 735]
【自分の身と、その処し方を述べる】
嗟予遘陽九 嗟(ああ) 予 陽九に遘(あ)い
隸也實不力 隸(われ)なるや 實(まこと)に 力(つと)めず。
楚囚纓其冠 楚囚 其の冠を纓(むす)び
傳車送窮北 傳車にて 窮北に送らる
鼎①甘如飴 鼎①(ていかく) 甘きこと飴の如く
求之不可得 之を求むれど 得可からず
陰房闃鬼火 陰房 闃(しづか)にして 鬼火ありて,
春院②天鄢 春院 ②(とざ)して 天 鄢(くら)し
牛驥同一蔞 牛 驥 同(とも)に一つの蔞(をけ)
鷄棲鳳凰食 鷄棲に 鳳凰食す
一朝蒙霧露 一朝 霧露を蒙むらば,
分作溝中瘠 分かる 溝中の瘠(むくろ)と作るを
如此再寒暑 此(かく)の如く 再びの寒暑
百③自闢易 百③(ひゃくれい) 自ら闢(さ)け易(やす)し
哀哉沮洳場 哀しい哉 沮洳(そじょ)の場は
爲我安樂國 我が爲に 安樂の國たらん
豈有他繆巧 豈に他の繆巧(びゅうこう)有らんや
陰陽不能賊 陰陽 賊(そこな)ふ能はず
顧此耿耿在 此の耿耿たるの在るを顧みて
仰視浮雲白 浮雲の白きを仰ぎ視る
悠悠我心悲 悠悠たる 我が心の悲(いた)み
蒼天曷有極 蒼天 曷(なん)ぞ 極り有らんや
哲人日已遠 哲人の日 已に遠のけど
典型在夙昔 典型は 夙昔に在り
風檐展書讀 風檐(ふうえん)に 書を展(ひら)きて讀めば
古道照顏色 古道 顏色を照らす
①「金」+「護」のごんべんをとったもの
②「門」のなかに「必」
③さんずい に 「珍」のたまへんをとったもの
ああ、わたしは国の滅亡にともなう多く(九つ)の災厄に遭遇して
臣下たる身が、自己の責務にまことに力不足であった
春秋時代、晉の囚われの身となったが、常に楚の冠をかぶって祖国を
忘れなかった楚の鐘儀は
伝車にて、北の果てまで連れてこられた
釜茹での刑具である鼎①(ていかく)でさえも、甘美でまるで飴のようである
これは、求めてもなかなか得られるものではない(願ってもないことだ)
牢の中はひっそりと静寂に包まれ、鬼火も出て
春の庭は閉ざされ、空も真っ暗である
牛も駿馬も同じ飼葉桶、味噌も糞も一緒の扱い
鶏小屋で鳳凰が飼われているようなものだ
ひとたび、毒気や天気の急変による露を被って体を壊し病気になってしまえば
どぶに打ち捨てられる屍体となることはわかっている
このようにして、更にもう一年(二年目)となるので
多くの妖気や病魔から、自然と身を避けることがたやすくなった
お気の毒なことだが、この湿気の多い牢獄も
(ブログ主さんは、「哀哉」を相手の立場で謂っている。意気軒昂としている
表現、としておられますが、また別の解釈があるようにも思います)
わたしの手にかかると楽園となってしまった
(わたしを篭絡しようとしても)
どうして巧緻な計略というものがあるだろうか(そんなものはない)
根本の原理(ここでは忠義)をそこなうことはできない
この光り輝く忠義の精神の存在を顧みて
さらに空に漂う浮雲を仰ぎ見る(古来より浮雲は不吉の象徴)
深い憂え、心の傷み
あの蒼天に究極の涯はあるだろうか(いや、ない)(しかし国運も人の命もいつか終わる)
聖哲の出現した日々は、とうに遠いものとなってしまったが
人間のあるべき姿の模範は古昔にある
窓辺に聖賢の書をひろげて読めば
昔人の説いた、あるべき人の道がわたしの顔を照らしてくれる
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嗟予遘陽九 嗟(ああ) 予 陽九に遘(あ)い
隸也實不力 隸(われ)なるや 實(まこと)に 力(つと)めず。
楚囚纓其冠 楚囚 其の冠を纓(むす)び
傳車送窮北 傳車にて 窮北に送らる
鼎①甘如飴 鼎①(ていかく) 甘きこと飴の如く
求之不可得 之を求むれど 得可からず
陰房闃鬼火 陰房 闃(しづか)にして 鬼火ありて,
春院②天鄢 春院 ②(とざ)して 天 鄢(くら)し
牛驥同一蔞 牛 驥 同(とも)に一つの蔞(をけ)
鷄棲鳳凰食 鷄棲に 鳳凰食す
一朝蒙霧露 一朝 霧露を蒙むらば,
分作溝中瘠 分かる 溝中の瘠(むくろ)と作るを
如此再寒暑 此(かく)の如く 再びの寒暑
百③自闢易 百③(ひゃくれい) 自ら闢(さ)け易(やす)し
哀哉沮洳場 哀しい哉 沮洳(そじょ)の場は
爲我安樂國 我が爲に 安樂の國たらん
豈有他繆巧 豈に他の繆巧(びゅうこう)有らんや
陰陽不能賊 陰陽 賊(そこな)ふ能はず
顧此耿耿在 此の耿耿たるの在るを顧みて
仰視浮雲白 浮雲の白きを仰ぎ視る
悠悠我心悲 悠悠たる 我が心の悲(いた)み
蒼天曷有極 蒼天 曷(なん)ぞ 極り有らんや
哲人日已遠 哲人の日 已に遠のけど
典型在夙昔 典型は 夙昔に在り
風檐展書讀 風檐(ふうえん)に 書を展(ひら)きて讀めば
古道照顏色 古道 顏色を照らす
①「金」+「護」のごんべんをとったもの
②「門」のなかに「必」
③さんずい に 「珍」のたまへんをとったもの
ああ、わたしは国の滅亡にともなう多く(九つ)の災厄に遭遇して
臣下たる身が、自己の責務にまことに力不足であった
春秋時代、晉の囚われの身となったが、常に楚の冠をかぶって祖国を
忘れなかった楚の鐘儀は
伝車にて、北の果てまで連れてこられた
釜茹での刑具である鼎①(ていかく)でさえも、甘美でまるで飴のようである
これは、求めてもなかなか得られるものではない(願ってもないことだ)
牢の中はひっそりと静寂に包まれ、鬼火も出て
春の庭は閉ざされ、空も真っ暗である
牛も駿馬も同じ飼葉桶、味噌も糞も一緒の扱い
鶏小屋で鳳凰が飼われているようなものだ
ひとたび、毒気や天気の急変による露を被って体を壊し病気になってしまえば
どぶに打ち捨てられる屍体となることはわかっている
このようにして、更にもう一年(二年目)となるので
多くの妖気や病魔から、自然と身を避けることがたやすくなった
お気の毒なことだが、この湿気の多い牢獄も
(ブログ主さんは、「哀哉」を相手の立場で謂っている。意気軒昂としている
表現、としておられますが、また別の解釈があるようにも思います)
わたしの手にかかると楽園となってしまった
(わたしを篭絡しようとしても)
どうして巧緻な計略というものがあるだろうか(そんなものはない)
根本の原理(ここでは忠義)をそこなうことはできない
この光り輝く忠義の精神の存在を顧みて
さらに空に漂う浮雲を仰ぎ見る(古来より浮雲は不吉の象徴)
深い憂え、心の傷み
あの蒼天に究極の涯はあるだろうか(いや、ない)(しかし国運も人の命もいつか終わる)
聖哲の出現した日々は、とうに遠いものとなってしまったが
人間のあるべき姿の模範は古昔にある
窓辺に聖賢の書をひろげて読めば
昔人の説いた、あるべき人の道がわたしの顔を照らしてくれる
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これは メッセージ 141 (ajisai110701 さん)への返信です.
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