敕勒歌 無名氏(北朝)
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/19 20:35 投稿番号: [128 / 735]
敕勒歌
無名氏(北朝)
敕勒(チョクロク)の歌
敕勒川 敕勒(チョクロク)の川
陰山下 陰山の下(もと)
天似穹盧 天は穹盧(キュウロ)に似て
籠蓋四野 四野(シヤ)を籠蓋(ロウガイ)す
天蒼蒼 天は蒼蒼たり
野茫茫 野は茫茫たり
風吹草低見牛羊 風吹き草低(た)れて牛羊を見る
敕勒族の住む草原
陰山山脈の麓
天は円形の包(パオ)のように
四方の曠野の上に覆いかぶさっている
天は青々と
曠野は涯知れず
風が吹くと 草はさっとなびいて 牛や羊の姿が見える
★北斉の神武帝が北周の玉璧城を攻めたとき、
戦況は不利で帝自身も病気になった。
それを矢を受けて倒れたと宣伝されたため、帝は病を押して起き上がり、
士卒を激励するため敕勒族の猛将斛律金に命じてこの歌を唄わせ、
自らも唱和して部下の士気奮い立たせたという。
★もとは鮮卑語であったのを北斉語に翻訳したものという。
★トルコの語源はこの敕勒・チュルク。
参考 :
★松枝茂夫『中国名詩選』中, 岩波文庫
★奥平卓『漢詩名句集』PHP
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^
★前頁の戎碰の詩に「陰山」とありましたので、これもUP しておきます。
「敕勒川」、川と書いてあるのに、意味は平原であり、
「陰山」でも山脈です。
日本人にとっては一般的ではありませんが、
「川」にはもともと「川」のほかに「はら」という意味があります。
「川原」にも「川の流域の原野」、
或いは「広々とした平原」の意味があります。
「敕勒歌」の歌詞はそのひとつの用例だと思います。
それから、日本では「山」というと、富士山とか磐梯山とか、
ひとつの山をいいますが、中国では
「山」というのは、いくつも連なった山脈・連峰をいいます。
「山」という字を見ていただけばわかるように、山が三つ連なっています。
ですから、「敕勒歌」では、
陰山山脈のふもとに広々と広がった平原のことをいっているのです。
http://www.youtube.com/watch?v=jIeYxLFmyzc
http://www.youtube.com/watch?v=p3CQlzmLPY8
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敕勒(チョクロク)の歌
敕勒川 敕勒(チョクロク)の川
陰山下 陰山の下(もと)
天似穹盧 天は穹盧(キュウロ)に似て
籠蓋四野 四野(シヤ)を籠蓋(ロウガイ)す
天蒼蒼 天は蒼蒼たり
野茫茫 野は茫茫たり
風吹草低見牛羊 風吹き草低(た)れて牛羊を見る
敕勒族の住む草原
陰山山脈の麓
天は円形の包(パオ)のように
四方の曠野の上に覆いかぶさっている
天は青々と
曠野は涯知れず
風が吹くと 草はさっとなびいて 牛や羊の姿が見える
★北斉の神武帝が北周の玉璧城を攻めたとき、
戦況は不利で帝自身も病気になった。
それを矢を受けて倒れたと宣伝されたため、帝は病を押して起き上がり、
士卒を激励するため敕勒族の猛将斛律金に命じてこの歌を唄わせ、
自らも唱和して部下の士気奮い立たせたという。
★もとは鮮卑語であったのを北斉語に翻訳したものという。
★トルコの語源はこの敕勒・チュルク。
参考 :
★松枝茂夫『中国名詩選』中, 岩波文庫
★奥平卓『漢詩名句集』PHP
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^
★前頁の戎碰の詩に「陰山」とありましたので、これもUP しておきます。
「敕勒川」、川と書いてあるのに、意味は平原であり、
「陰山」でも山脈です。
日本人にとっては一般的ではありませんが、
「川」にはもともと「川」のほかに「はら」という意味があります。
「川原」にも「川の流域の原野」、
或いは「広々とした平原」の意味があります。
「敕勒歌」の歌詞はそのひとつの用例だと思います。
それから、日本では「山」というと、富士山とか磐梯山とか、
ひとつの山をいいますが、中国では
「山」というのは、いくつも連なった山脈・連峰をいいます。
「山」という字を見ていただけばわかるように、山が三つ連なっています。
ですから、「敕勒歌」では、
陰山山脈のふもとに広々と広がった平原のことをいっているのです。
http://www.youtube.com/watch?v=jIeYxLFmyzc
http://www.youtube.com/watch?v=p3CQlzmLPY8
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これは メッセージ 127 (ajisai110701 さん)への返信です.
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