李朝時代の奴婢
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/22 23:15 投稿番号: [94 / 1329]
奴婢は悲惨な境遇ばかりが紹介されますが、「反同」について触れたときにも紹介したように、したたかな一面もありました。
『瑣尾録』は両班の呉希文(1539〜1613)が書いた日記ですが、1595年5月18日の条には、こうあるといいます。
宋奴(ソンノ)・粉介(プンゲ)・福只(ポクキ)らに前日除草作業が終わらなかったヨク(草冠に意)イ(草冠に以)(はとむぎ)畑の除草を行なわせ、さらに粟畑の除草を行なわせた。(中略)ところでヨクイ畑の畝に、漢卜に粘唐(もちきび)一升の種子を播かせたが、一畝に播いただけで、しかもその苗はまばらにしか生えていない。きっと漢卜がその種子を偸(ぬす)んで、自分の畑に播いたのだろう。何と憎らしいことだろうか。たいていのわが家の田畑は皆、漢卜が播種を行なっているが、苗が生じるのを見るとすべてまばらにしか播種をしていない。思うにこれらの種子も漢卜が偸んで、自分の田畑に用いているのであろう。まことに痛憤にたえない。(宮嶋博史「両班」より引用)
奴婢も自分の耕地は所有しており、その売買・相続も認められてはいたそうです。
これは メッセージ 1 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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